香川県の取組み状況
【平成24年度】
◎札所寺院、遍路道の詳細調査を実施
○「第67番札所大興寺」・「第71番札所弥谷寺」を史跡指定するため、測量調査及び文化財調査に着手しました。
・大興寺測量調査 平成24年5月25日〜平成25年2月28日
・弥谷寺文化財調査 平成24年6月8日〜平成25年2月28日
・大興寺文化財調査 平成24年6月29日〜平成25年2月28日
・弥谷寺遍路道測量調査 平成24年7月24日〜平成25年2月28日
○ 札所寺院・遍路道調査検討委員会を開催しました。
県内の札所寺院・遍路道の史跡指定に向けて、各分野の専門家による調査・検討を行うため、新たに札所寺
院・遍路道調査検討委員会を設置しました。
第1回委員会 弥谷寺及び大興寺の現地調査 平成24年 7月24日〜25日
第2回委員会 弥谷寺現地調査及び会議 平成24年10月15日〜16日
第3回委員会 大興寺現地調査及び会議 平成25年1月21日〜22日
【平成23年度】
◎札所寺院、遍路道の詳細調査を実施
「第81番札所白峯寺」・「第82番札所根香寺」・「白峯寺〜根香寺間の遍路道」を史跡指定のモデル地区とするため昨年度に引き続き白峯寺の測量調査及び発掘調査を実施しました。
また、今年度新たに白峯寺〜根香寺間の遍路道、根香寺の建造物、石造物等の調査、測量調査及び発掘調査を実施しました。
・測量調査(白峯寺・根香寺・白峯寺〜根香寺間の遍路道) 平成23年6月10日〜平成24年3月30日
・根香寺文化財調査 平成23年7月25日〜平成24年2月29日
・発掘調査(白峯寺・根香寺) 平成23年9月 5日〜平成23年11月4日
・発掘調査(白峯寺〜根香寺間遍路道) 平成23年11月7日〜平成23年12月28日
○ 白峯寺・根香寺の発掘調査現地説明会を開催しました。
平成23年10月23日(日)、第81番札所白峯寺と第82番札所根香寺において、現地説明会を開催しました。
白峯寺は、白峯寺とその周辺の景観を描いた絵画史料「白峯山古図」(江戸時代前期)などを参照しながら、
平成21年度から発掘調査を開始し、今年度は白峯寺境内の周縁にある「別所」部分の調査を実施しました。
「別所」とは、本寺を離れた僧や念仏聖(ひじり)などが集団で宗教生活を送ったところで、「白峯山古図」
をみると、三重塔や仏堂と考えられる建物を中心に鐘楼や僧坊が描かれています。仏堂と考えられる地点の発
掘調査を実施し、柱を支えた礎石や板石で整えられた基壇などの遺構を検出し、鬼瓦や軒丸瓦、軒平瓦などの
遺物が出土しています。
根香寺は、事前の調査で本堂奥側に人為的な平坦部や五輪塔などが点在する塚を確認したことから、中世か
ら近世にかけての根香寺の境内の広がりを確認するために発掘調査を実施しました。
塚は2基あり、どちらも一辺2mの正方形を呈し、内部には拳大から人頭大の集石を検出しています。
○ 白峯寺調査検討委員会を開催しました。
白峯寺の史跡指定に向けて、各分野の専門家による調査・検討を行うため、白峯寺調査検討委員会を開催
しました。
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平成23年7月1日 |
第1回白峯寺調査検討委員会 |
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平成23年10月13〜14日 |
第2回白峯寺調査検討委員会 |
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平成24年 1月26日 |
第3回白峯寺調査検討委員会 |
◎「歴史の道」整備活用総合計画を策定
遍路道の文化財保護法による保護には「歴史の道」整備活用総合計画の策定が前提となっているため、平成22・23年度の2ヶ年をかけて「歴史の道」整備活用総合計画を策定しました。
計画策定を進めるにあたって、各種専門分野の委員により構成された香川県「歴史の道」整備活用総合計画策定委員会の指導・助言を得ながら取りまとめました。
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平成23年 5月17日 |
香川県「歴史の道」整備活用総合計画策定業務の業務委託 |
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平成23年 7月14〜15日 |
第1回香川県「歴史の道」整備活用総合計画策定委員会 |
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平成23年11月1〜2日 |
第2回香川県「歴史の道」整備活用総合計画策定委員会 |
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平成24年 1月12〜13日 |
第3回香川県「歴史の道」整備活用総合計画策定委員会 |
○ 「歴史の道」整備活用総合計画の概要
・計画策定の目的と役割
県内には、古来、物流や人々の往来、文化交流の舞台となり、多くの文化資産を育んできた道が随所に存在し
産業・経済はもとより、政治・文化など人間の営み全般にわたって重要な役割を担ってきました。
しかし、戦後の社会変化と地域開発の進展により、それらの道は急速に姿を変え、道とともに育まれてきた貴
重な歴史的・文化的資産も失われつつあります。
そこで、県では、こうした古道を文化財としてとらえ、貴重な「歴史の道」として将来へ受け継いでいく一助
となるよう、整備活用総合計画を策定したものです。
本計画は、これら「歴史の道」を基軸として交通関連遺跡等を一体的に整備・活用し、周辺に分布する文化財
等も含め、総合的に機能させることができる計画を策定することを目的としています。
また、本計画は、整備事業の実施主体である市町及び地域に対し、全県的な視点で見た事業の位置づけと保全
整備の方向づけ、活用の指針、「歴史の道」に関わる他の事業に対する指針としての役割を担うものです。
・報告書の内容
報告書では、「歴史の道」調査の概要、整備活用総合計画の目的と役割、整備・活用の基本的な考え方を示す
「全体構想」、共通的な計画の基本方針である「全体計画」、各街道の「整備計画」、「活用計画」、実現に向
けての行政・民間の役割と取組みを掲載しています。
第1集 平成23年3月発行 第2集 平成24年3月発行
・「歴史の道」街道一覧
|
No |
街 道 名 |
箇 所 等 |
距 離 |
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1 |
遍路道 |
第66番雲辺寺〜第88番大窪寺 様々な道と重複が考えられる |
150q |
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2 |
丸亀街道 |
高松城下〜丸亀城下、高松市内で一部金毘羅参詣道と重複 |
30q |
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3 |
多度津往還 |
丸亀城下〜多度津、遍路道と一部重複 |
5q |
|
4 |
白方道 |
多度津〜大見 |
12q |
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5 |
仁尾越道 |
詫間〜仁尾 |
7q |
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6 |
伊予街道 |
高松城下〜余木崎、一部丸亀街道と重複、豊浜町内で一部金毘羅参詣道と重複 |
61q |
|
平成22度計画策定分 |
6街道 |
265km |
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7 |
仏生山街道 |
高松城下〜仏生山 |
8q |
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8 |
安原往還 |
仏生山〜相栗峠 |
23q |
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9 |
金毘羅参詣道[宇多津道] |
宇多津〜金毘羅 |
15q |
|
10 |
金毘羅参詣道[丸亀道] |
丸亀城下〜金毘羅 |
13q |
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11 |
金毘羅参詣道[多度津道] |
多度津〜金毘羅 |
13q |
|
12 |
金毘羅参詣道[高松道] |
高松城下〜金毘羅、高松市内で一部丸亀街道と重複 |
32q |
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13 |
金毘羅参詣道[伊予土佐道] |
余木崎〜金毘羅、豊浜町内で一部伊予街道と重複 |
29q |
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14 |
金毘羅脇道 |
国分寺〜滝宮道、鮎滝〜羽床道 |
7q+16q |
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15 |
阿波街道[志度道] |
高松城下〜志度〜大坂峠 |
48q |
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16 |
阿波街道[長尾道] |
高松城下〜三木町〜大坂峠 |
47q |
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17 |
曼蛇越 |
観音寺〜徳島県池田市 |
16q |
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18 |
箸蔵越 |
金毘羅〜猪鼻越 |
17q |
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19 |
三頭越 |
金毘羅〜琴南町〜徳島県美馬 |
27q |
|
20 |
鵜の田尾越 |
白鳥神社〜徳島県土成町 |
11q |
|
21 |
讃岐国往還 |
大坂峠〜三木町〜国分寺〜余木崎、阿波街道及び伊予街道に一部重複 |
100q |
|
22 |
海の道 |
港16ヶ所 |
|
|
平成23度計画策定分 |
16街道 |
422km |
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全体計 |
22街道 |
687km |
|
※重複部分を含む。海の道は距離に入れず。
写し霊場調査委託 平成23年7月1日〜平成24年3月30日
※「写し霊場」とは、四国八十八箇所や西国三十三箇所をまねて、別の場所に新たに霊場を作ったもので、一般に新四国・新西国、あるいはミニ四国・ミニ西国などと呼ばれています。
写し霊場調査の様子
| 香川県内の写し霊場一覧 | ||||||||
| 番号 | 所在市町 | 霊場の名称 | 所在地・巡礼地 | 開創時期 | 西暦 | 発起人・銘文ほか | 伝承・行事 | 出 典 |
| 1 | 東かがわ市 (大内町) |
与田寺のお四国さん | 旧大内町誉水・与田寺裏の山 | 日露戦争後 | 四国新聞 昭和53年5月10日 「霊場ガイド」 | |||
| 2 | 東かがわ市 (白鳥町) |
宝光寺裏山八十八カ所 | 地元の聞き取りで確認 | |||||
| 3 | さぬき市 (大川町) |
田面の大師山 | 旧大川町田面のお大師山 (虚空蔵山) | 弘化2年企画、嘉永2年開眼 | 組頭甚太夫ほか・由来文書あり (大国木大師堂) | 毎年8月20日、阿条谷、大国木の家々から人が出て、ミニ霊場の石仏に積んでいた木に火がつけられる。お大師さんの火、お二十日の火とよんでいる。 | 四国新聞 昭和52年11月30日 「霊場ガイド」 | |
| 4 | さぬき市 (津田町) |
等利山の八十八カ所 | 旧津田町 | 江戸時代か? | 「鴨部二番藤井留蔵」 | 四国新聞 昭和54年7月24日 「霊場ガイド」 | ||
| 5 | さぬき市 (寒川町) |
神前のお四国さん | 旧寒川町神前の宝前寺境内より | 安政6年 | 1859 | 地元保存会により石仏調査が行われたという。宝善寺境内に昭和54年の復旧記念碑が建つ。 | 四国新聞 昭和54年10月2日 「霊場ガイド」 『寒川町史』 寒川町 昭和60 p.719〜720 | |
| 6 | さぬき市 (長尾町) |
護摩山の新四国 | 旧長尾町多和の護摩山 | 幕末か? | 「当地」「三木奥山」 | 四国新聞 昭和53年6月14日 「霊場ガイド」 | ||
| 7 | さぬき市 (志度町・長尾町) |
日内山の新四国 | 旧志度町〜旧長尾町の火燧山 | 幕末〜明治か? | 四国新聞 昭和53年4月26日 「霊場ガイド」 | |||
| 8 | さぬき市 (志度町) |
仏穴・大師堂の八十八ヶ所 | 旧志度町仏穴 | 『新編志度町史下巻』 志度町 昭和61年 p.855 | ||||
| 9 | さぬき市 (志度町) |
八丁地・竹林庵の八十八ヶ所 | 旧志度町八丁地 | 『新編志度町史下巻』 志度町 昭和61年 p.855 | ||||
| 10 | さぬき市 (志度町) |
苫張・弘海寺の八十八ヶ所 | 旧志度町苫張 | 安政5年 | 1858 | 里人植村八百蔵 | 昭和45年ごろ周辺開発により16体の石仏欠。 | 『新編志度町史下巻』 志度町 昭和61年 p.855 |
| 11 | 三木町 | 蓮池堤防の新四国霊場 | V | 大正6年以降、大正15年 | 「大正十五年三月十五日建立、発起人佐々木、森山」 | 佐々木丹五郎氏に弘法大師の霊夢があり、観音堂を建立し、それを契機に大正末年になって八十カ所がつくられた。 | 四国新聞 昭和53年7月19日「霊場ガイド」 『三木町史』 三木町 昭和63年 p.889 | |
| 12 | 三木町 | 真行寺の八十八ヶ所 | 三木町井戸 | 江戸末か? | 8月20日にお盆の送り火行事としてお火たきがおこなわれる。 | 『三木町史』 三木町 昭和63年 p.863 | ||
| 13 | 三木町 | とんぼが峰・円満寺の八十八ヶ所 | 三木町田中 | 明治初年に廃寺となった田中雷八幡宮別当龍光寺から移したものという。 | 『三木町史』 三木町 昭和63年 p.855 | |||
| 14 | 三木町 | 富士の越・始覚寺の八十八ヶ所 | 三木町井上 | 始覚寺より山頂にかけてある。中腹には始覚寺奥の院の大師堂がある。 | 『三木町史』 三木町 昭和63年 p.888 | |||
| 15 | 三木町 | 大師庵の八十八カ所 | 西土居のカンカン山 | 四国新聞 昭和54年5月14日 「霊場ガイド」 | ||||
| 16 | 高松市 | 八栗寺八十八カ所 | 八栗寺境内 | 大正13年 | 世話人新塩屋町東川統一、島嘉吉 | 四国新聞 昭和53年3月15日 「霊場ガイド」 | ||
| 17 | 高松市 | 由良山の八十八カ所 | 由良町の由良山の清水神社の裏山 | 草木に埋もれ荒れている。 | 四国新聞 昭和52年12月28日 「霊場ガイド」 | |||
| 18 | 高松市 | 仏生山八十八カ所 | 法然寺裏 | 明治4年か? | 四国新聞 昭和53年7月12日 「霊場ガイド」 | |||
| 19 | 高松市 | 菅沢の新四国さん | 菅沢のお薬師山 | 明治初年か? | 四国新聞 昭和53年2月15日 「霊場ガイド」 | |||
| 20 | 高松市 | 地蔵寺の八十八カ所 | 屋島の地蔵寺の裏山 | 明治中頃か? | 山火事のため三体だけ新しく作り直した。 | 四国新聞 昭和53年8月23日 「霊場ガイド」 | ||
| 21 | 高松市 | 香西寺八十八カ所 | 香西西町の釈迦の峰 | 天保〜安政 | 四国新聞 昭和52年11月2日 「霊場ガイド」 | |||
| 22 | 高松市 (香川町) |
竜満山八十八カ所 | 浅野の竜満山(剣山) | 大正13年 | 1924 | 津森之治 (県会議員)、香川資一 (村長) | 昭和37、38年ごろ八十八ヶ所の石仏が谷底に突き落とされたことがあるが、いつの間にやら元に戻っていたという奇瑞があった。近くの唐渡、横岡地区の人たちが遊歩道を掃除、花筒をつけている。 | 四国新聞 昭和52年9月10日・昭和53年9月20日 「霊場ガイド」 |
| 23 | 高松市 (香南町) |
天福寺の八十八カ所 | 天福寺境内 | 四国新聞 昭和53年1月25日 「霊場ガイド」 | ||||
| 24 | 高松市 (塩江町) |
塩江新四国八十八カ所 | 塩江温泉郷 | 最後の方は石仏は一箇所に集められている。 | 四国新聞 昭和53年9月27日 「霊場ガイド」 | |||
| 25 | 高松市 (塩江町) |
土佐法師の八十八カ所 | 安原中村→枇杷の木へ | 昔は、中村から打って尾根伝いに桜の馬場までミニ霊場が続き、3月21日のお大師の日には店まで出てにぎわっていたという。 | 四国新聞 昭和53年11月8日 「霊場ガイド」 | |||
| 26 | 高松市 (国分寺町) |
国分寺八十八カ所 | 国分寺境内 | 昔は、西へ2`ほどの坂出市府中町綾坂峠の明音寺裏山に埋もれていたものを、昭和36年春に現在地に移転したという。 | 四国新聞 昭和52年10月15日 「霊場ガイド」 | |||
| 27 | 高松市 (国分寺町) |
鷲峰寺の新四国 | 柏原の鷲峰寺境内 | 明治中頃か? | 四国新聞 昭和53年10月4日 「霊場ガイド」 | |||
| 28 | 綾川町 (綾南町) |
菩提院八十八霊場 | 滝宮の菩提院光貴寺 | 四国新聞 昭和52年11月23日 「霊場ガイド」 | ||||
| 29 | 綾川町 (綾上町) |
柏原渓谷八十八カ所 | 枌所の弘法庵内 | 四国新聞 昭和52年12月21日 「霊場ガイド」 | ||||
| 30 | 坂出市 | 谷奥の四国八十八カ所 | 大屋富町の松ヶ浦池周辺 | 大正期 | もとは五色台の国民休暇村をとりまく付近にあったもの。 | 四国新聞 昭和53年8月2日「霊場ガイド」 | ||
| 31 | 丸亀市 (本島) |
本島八十八カ所 | 本島の周囲 | 文化2年ほか | 昔は小坂からカブラザキをまわって生浜、尻浜、笠島と巡った。旧3月4日がお接待の日。 | 四国新聞 昭和53年12月27日「霊場ガイド」 | ||
| 32 | 善通寺市 | 我拝師山八十八カ所 | 我拝師山、出釈迦寺〜禅定寺 | 四国新聞 昭和53年3月8日 「霊場ガイド」 | ||||
| 33 | まんのう町 (琴南町) |
美合の新四国 | 琴南町美合 | 大正3年 | 1914 | 西岡虎市、川田友市 | 四国霊場開場1100年を記念して300円の浄財を集め設置。記念碑あり。毎年3月21日の前日、道つくりをして、当日は接待があった。 | 『琴南町誌』 琴南町 昭和61年 p.1006〜1007 |
| 34 | まんのう町 (琴南町) |
吉田寺の四国八十八ヶ所 | 琴南町造田 | 『琴南町誌』 琴南町 昭和61年 p.781 | ||||
| 35 | 三豊市 (詫間町) |
松崎 | 松ア | 大椀池で溺死した者を慰めるために建立した。 | 『地蔵菩薩 三豊の文化財第6集』 文化財保護協会三豊支部 平成13年 p.263 | |||
| 36 | 三豊市 (詫間町) |
本村の四国八十八ヶ所 | 本村 | 『地蔵菩薩 三豊の文化財第6集』 文化財保護協会三豊支部 平成13年 p.269 | ||||
| 37 | 三豊市 (詫間町粟島) |
粟島の四国八十八カ所 | 粟島 | 文政10年 | 1827 | 堺屋治右衛門 | その頃大坂に航行していた船が88艘あったので、船1艘に石仏1基をつくらせた。毎年、旧暦3月21日、粟島への渡船はピストン輸送する。島の人びとによるお接待もある。 | 『地蔵菩薩 三豊の文化財第6集』 文化財保護協会三豊支部 平成13年 p.286、 四国新聞 昭和52年9年24日 「霊場ガイド」 |
| 38 | 三豊市 (詫間町粟島) |
粟島の四国八十八カ所 | 粟島 | 大正5年 | 1916 | 中村庄松 | 全島の人びとからの浄財を集め、昔からあった石仏の横に並べてまつった。 | 四国新聞 昭和52年9年24日 「霊場ガイド」 |
| 39 | 三豊市 (詫間町志々島) |
志々島の四国八十八カ所 | 志々島 | 『地蔵菩薩 三豊の文化財第6集』 文化財保護協会三豊支部 平成13年 p.289 | ||||
| 40 | 三豊市 (高瀬町) |
坂越しの四国八十八ヶ所 | 高瀬町比地中喜多 | 『ふるさとのこころ 寺庵石仏篇』 高瀬町文化財保護協会 昭和57年 p.62 | ||||
| 41 | 三豊市 (豊中町) |
延寿寺の四国八十八ヶ所 | 豊中町下高野 | 『豊中町誌』 豊中町 昭和54年 p.771 | ||||
| 42 | 三豊市 (豊浜町) |
満願寺の八十八カ所 | 満願寺境内 | 昭和51年 | 1976 | 四国新聞 昭和54年9年□日霊場ガイド」 | ||
| 43 | 観音寺市 (伊吹島) |
島内 | ||||||
※所在市町名内の()内は、旧市町名や島嶼部名
◎「四国遍路納札(俵)」調査を実施
江戸時代を中心に遍路が地域の人たちから受けたお接待に対して、通常札所寺院に納めていた「納札」を地域の人
たちに渡し、地域の人たちはその「納札」を「火災除け」などのご利益があるものと信じ、俵に納め屋根裏につるす
という習俗がありました。この俵に納められた「納札」を調査することで、時代ごとの遍路の実態を確認することが
でき、四国遍路の顕著な普遍的価値の証明を行うための資料になることから、緊急雇用創出基金事業を活用して、四
国遍路納札(俵)調査を実施しました。
調査の結果、俵内には納札、護符、写経などが多量に納められており、ひとつの俵に1千枚以上の納札が確認できま
した。納札の表面には、中央に「奉納四国八十八ヶ所巡拝同行二人」、「天下泰平」、「国家安全」、「住所」、
「年月」などが書かれ、書き様は、現在の納札と同じであることが分かりました。ただ、現在の納札は共通する項
目が印刷されていますが、俵の納札は、印刷と手書きの両方があり、手書きから印刷への過渡期の様相を呈してい
ます。また、大きさも現在の縦15.5p、幅5p程度の納札より、若干大きいことが分かりました。
また、納札の時期は、明治時代の初期から大正時代の初期まであり、特に明治20年代から40年代が多いこと、住
所については、西日本を中心に関東までの人々が四国遍路を巡っていたことが確認できました。
四国遍路納札(俵)調査 平成23年8月1日〜平成24年1月31日
屋根裏の俵 俵の内部 俵に入れられていた納札
◎平成23年度「四国八十八箇所霊場と遍路道」世界遺産登録推進協議会総会を開催
平成23年8月8日、「四国八十八箇所霊場と遍路道」世界遺産登録推進協議会の平成23年度総会が、開催されました。
総会には、四国4県、市町村、国の出先機関、大学、霊場会、経済団体、NPO、民間団体の46団体、70名が出席し
常盤会長(四国経済連合会会長)、浜田副会長(香川県知事)の挨拶の後、推進協議会会則の改正案、平成23年度事業
計画及び予算案が承認されました。
また、「受入態勢の整備」部会、「普及啓発」部会、「普遍的価値の証明」部会、「資産の保護措置」部会から、そ
れぞれ活動状況の報告がありました。
◎歴史の道 遍路道を歩こう! を開催
平成23年6月5日(日)、県民の方々に参加をいただき、八栗から志度へと続く遍路道を実際に歩きながら、第85番札
所八栗寺や遍路道周辺の歴史を学ぶ体験講座を開催しました。
沿道に残されている江戸時代の道標をはじめ、丁石や遍路墓などを確認することにより、遍路の歩んできた歴史につ
いてあらためて考えていただく機会となりました。
洲崎寺(真念の墓→八栗寺→二ツ池親水公園→大町北三昧墓地・南三昧墓地(遍路墓ほか→原浜の古い町並み→志度の地蔵寺
◎平成24年度政府予算等に関する政策提案・要望
平成23年6月6日、平成24年度政府予算等に関する政策提案・要望事項を県選出民主党国会議員に説明し、意見交換
を行いました。
【提案・要望事項】
世界に誇る貴重な財産である四国八十八箇所霊場やそれを結ぶ遍路道と、そこに培われてきた遍路文化を将
来にわたり確実に保存・継承していくため、引き続き、関係者が一体となって世界遺産登録に向けて取り組ん
でいくので、四国遍路の「場」として総体で独自の価値を有する一連の文化財を保護する手法の実現及び一層
の指導・助言等の支援を行うこと。
【平成22年度】
◎「歴史の道」整備活用総合計画の策定に着手
遍路道の文化財保護法による保護には「歴史の道」整備活用総合計画の策定が前提となっているため、22年度・23
年度の2ヶ年をかけて「歴史の道」整備活用総合計画を策定しています。
| 平成22年 5月19日 | 香川県「歴史の道」整備活用総合計画策定業務の業務委託 |
| 平成22年 8月4〜5日 | 第1回香川県「歴史の道」整備活用総合計画策定委員会 |
| 平成22年12月1〜2日 | 第2回香川県「歴史の道」整備活用総合計画策定委員会 |
| 平成23年 2月 9日 | 第3回香川県「歴史の道」整備活用総合計画策定委員会 |
◎札所寺院の詳細調査を実施
・「第81番札所 白峯寺」
測量調査 平成22年6月 3日〜平成23年 3月31日
寺院所蔵文化財調査 平成22年6月23日〜平成22年12月22日
発掘調査 平成22年9月13日〜平成22年11月12日
○ 白峯寺調査検討委員会の設置
第81番札所白峯寺の史跡指定に向けて、各分野の専門家による調査・検討を行うため、白峯寺調査検討委員会
を設置しました。
| 平成22年 9月10日 | 第1回白峯寺調査検討委員会 |
| 平成22年10月14日 | 第2回白峯寺調査検討委員会 |
| 平成23年 2月10日 | 第3回白峯寺調査検討委員会 |
○ 白峯寺現地説明会の開催 平成22年12月11日(土)
発掘調査現場で白峯寺の歴史と調査成果をわかりやすく解説する現地説明会を開催しました。
【調査成果】
・平成21年度
建物の基壇や礎石、礎石抜き取り穴などの遺構を検出し、瓦・土器を中心に中世・近世の遺物が出土しまし
た。検出した礎石や抜き取り穴から復元すると、3間×3間(5.4m×5.4m)の礎石建物があったと考えられ
ます。
・平成21年度
礎石や柱穴などの遺構を検出し、中世・近世の遺物が出土した。整地土からは中世後半の土器とともに焼土
や炭が出土しており、建物が火災を受けたことがわかります。
○ 国内初 着色された義真の肖像画発見
国内で初めての着色された比叡山延暦寺の初代座主である「修禅大師 義真(ぎしん)」の肖像画が見つかり
ました。また、それとともに今まで「本覚大師 益信(やくしん)」と言われていた肖像画が中国天台宗の開祖
「天台大師 智(ちぎ)」の可能性があることが解り、第五代の比叡山延暦寺座主である「智証大師円珍(え
んちん)」の肖像画とあわせて天台宗の高僧の肖像画3幅が、真言宗寺院である白峯寺にあることが確認できま
した。
◎「写し霊場」調査の開始
「写し霊場」を持つ資産としての観点から、世界遺産一覧表に記載されている国内外の同種遺産及びその候補地との
比較研究を行うことも必要との指摘を受けており、緊急雇用創出基金事業を活用して、遍路文化の県内全域への広がり
を確認するため、県内各地で行われている接待の状況や「写し霊場」の実態の調査・確認を行いました。
|
![]() |
◎平成23年度政府予算等に関する政策提案・要望
平成23年度政府予算等に関する政策提案・要望事項を県選出民主党国会議員に説明し、意見交換を行いました。
【提案・要望事項】 平成22年10月28日
世界に誇る貴重な財産である四国八十八箇所霊場やそれを結ぶ遍路道と、そこに培われてきた遍路文化を
将来にわたり確実に保存・継承していくため、引き続き、関係者が一体となって世界遺産登録に向けて取り
組んでいくので、四国遍路の「場」として総体で独自の価値を有する一連の文化財を保護する手法の実現及
び一層の指導・助言等の支援を行うこと。
◎「歴史の道 遍路道を歩こう!」を開催
平成22年12月5日(日)、県民の方々に参加をいただき、屋島へ続く遍路道を実際に歩きながら、第84番札所・屋島
寺や遍路道周辺の歴史を学ぶ体験講座を開催しました。今ではあまり歩かれなくなった遍路道もあり、沿道に残され
た道標や丁石、遍路墓などとあわせて見ることにより、遍路の歩んできた歴史についてあらためて考えていただく機
会となりました。
ことでん潟元駅集合→相引川沿いの不動尊(丁石ほか)→屋島寺→佐藤継信の墓→洲崎寺(真念の墓)→ことでん八栗駅
参考:ポイント解説 (PDF 265KB)
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【平成21年度】
◎札所寺院の基礎調査の実施

札所寺院の保護手法の確立に向けて、全札所寺院を対象とした基礎調査を実施しました。
対象は香川県内にある22寺院です。
なお、一部寺院については、平成20年度に調査を行いました。
平成21年度は、緊急雇用創出基金事業を活用して事業を実施しました。
◎札所寺院の詳細調査に着手
基礎調査の結果を基に、札所寺院の史跡一括指定に向けて寺院の全容を明らかにするための調査を実施しました。
本県では、四国の他の3県の調査開始に先駆けてモデル事業として平成21年度から事業に着手しました。
・「第81番札所 白峯寺」
測量調査 平成21年 6月29日〜平成21年 7月28日
寺院所蔵文化財調査 平成21年 8月31日〜平成22年 2月28日
発掘調査 平成21年10月 5日〜平成21年12月 4日
・「第71番札所 弥谷寺」
測量調査 平成21年11月20日〜平成22年 3月30日
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◎遍路道・遍路文化の調査を実施
「四国遍路」の普遍的価値の証明を行うため、緊急雇用創出基金事業を活用して遍路道沿いにある道標・丁石・遍路墓
等や遍路宿・接待等の実態を調査しました。実際に遍路道を歩いて、石造物に刻まれた文字を解読したり、地域に住む
古老等からの聴き取りを行ない、現在に至る遍路文化の実態を確認しました。
(調査期間 平成21年3月9日〜平成21年8月31日)