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公開日:2020年12月10日

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国立療養所と綺麗な松がある島(大島)

大島のイメージ

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この島のポイント1 大島青松園

大島青松園

国立療養所大島青松園とは

島内にある国立ハンセン病療養所で、入所者が療養生活を送っています。1909年(明治42年)に制定された「ライ予防法ニ関スル件」により、中国・四国8県連合の「第4療養所」として設立され、厚生省に所轄が移管された後の1946年(昭和21年)に、「国立療養所大島青松園」と改称されました。国内にある国立ハンセン病療養所の中で、唯一の離島施設です。

国立療養所大島青松園(外部サイトへリンク)

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この島のポイント2 カフェ・シヨル

カフェ・シヨル

カフェ・シヨル内

島で唯一のカフェ

こえび隊に、カフェ・シヨルについてお話を伺いました。
こえび隊は、瀬戸内国際芸術祭のボランティアサポーターで、大島でカフェ・シヨルを運営しています。

「カフェ・シヨルは、名古屋造形大学の“やさしい美術プロジェクト”が2013年まで運営していました。現在は、こえび隊が引き継いで運営しています。“大島を味わう!”というテーマのもと、大島で採れた野菜や果物を使ったお菓子やドリンクを提供し、大島の土で作った器を使っています。建物は、療養所の第2面会人宿泊所として使われていた施設を利用しています。“シヨル”とは、香川県の方言で“~している”という意味です。毎週オープンしているわけではありませんが、シヨルの開店日を入所者の皆さんが楽しみにしてくださっていることが、最大の喜びです。」

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ろっぽう焼

「昔、大島青松園の入所者にお菓子職人の方がいて、ほかの入所者にろっぽう焼などのお菓子を振る舞っていたそうです。このろっぽう焼は、入所者の皆さんに話を聞きながらその味を復刻したお菓子で、こえび隊が、やさしい美術プロジェクトから引き継いで作っています。」

※やさしい美術プロジェクト・・・病院とアーティスト、デザイナーとの協働で「安らぎのある医療環境」「地域に開かれた病院」を創出するアートプロジェクトです。

瀬戸内国際芸術祭ボランティアサポーター こえび隊(外部サイトへリンク)

ろっぽう焼

ライターズ・ノート

道路の白線大島青松園の周辺の道路には、道の真ん中に白いラインが引かれています。盲人の方は白線は見えるので、これを頼りに歩くための目印となっています。高松本土では見かけない風景です。左の写真のように、T字路では白線もT字になっています。

大島について

墓標の松の写真

墓標の松

島の入口でまず目につくのは、この墓標の松です。800年前の屋島の戦い(源平合戦)で、敗れた平家の武将の亡骸や遺品を埋葬した際、墓標として植えられたといわれています。

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大島案内所「眉山亭」の写真

大島案内所「眉山亭」

港の近くの松林の中ある案内所で、WiFiスポットにもなっています。眉山亭という名前は、徳島の眉山からきています。

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風の舞の写真

風の舞

1992年(平成4年)に約1000人のボランティアの協力でつくられたモニュメントです。ここに眠る魂が風に乗って、自由に解き放たれるようにという願いが込められているそうです。

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沿革

庵治港(高松市)の北西約2.5kmの海上にある島で、島の土地の約9割が国有地です。古くは源平合戦の戦場にもなった島で、屋島の戦いに敗れた平家方の墓に植えられた松が、800年の歳月を経て、「墓標の松」として残っています。元々は2つの島からなり、砂州でつながって現在の形になっています。
1909年(明治42年)に制定された「ライ予防法ニ関スル件」により、ハンセン病の療養所が設立され、1946年(昭和21年)に「国立療養所大島青松園」と改称されました。

アクセス

  • 高松港~大島【所要時間 約20分】
  • 庵治港~大島【所要時間 約15分】

※大島への定期便は、国立療養所大島青松園が運航しています。施設見学等でご乗船の場合は、事前に国立療養所大島青松園までご相談ください。

国立療養所大島青松園(外部サイトへリンク)

島内の移動

徒歩での移動になります。

香川県の離島について

離島振興法に基づく離島指定等

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かがわせとうち島図鑑

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