香川県総務部国際課
 
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KAGAWA草の根協力特使

 「KAGAWA草の根協力特使」制度は、香川県出身または香川県で在職経験のある方で、独立行政法人国際協力機構(JICA)が実施するボランテイア事業 (青年海外協力隊員、シニア海外ボランテイア、日系社会青年ボランテイア、日系社会シニア・ボランティア)で海外に派遣される方やこの事業と同等と 認められる国際協力活動に従事(赴任期間が連続90日以上であること)される方に、赴任地での本県の紹介、日常の活動や体験から得た情報提供を委嘱しているものです。

「KAGAWA草の根協力特使」からの現地情報(2011年)
  • 宮治直子さん
    2010年~2012年1月、青年海外協力隊としてパラグアイへ派遣
    職種:保健師、派遣先:サン・ファン・ネポムセノ地区病院(カアサパ県サン・ファン・ネポムセノ市)
  • 柏原庸一さん
    2010年1月~2012年1月、青年海外協力隊としてミクロネシアへ派遣
    職種:環境教育、派遣先:コスラエ州資源管理委員会(コスラエ州トフォル)
  • 田村美津子さん
    2010年1月~2012年7月、青年海外協力隊としてマラウイへ派遣
    職種:幼児教育、派遣先:コンソールホームス(ナミテテ)
  • 真鍋未里佳さん
    2010年3月~2011年12月、青年海外協力隊としてエジプトへ派遣
    職種:幼児教育、派遣先:社会連帯省スエズ支局(スエズ)
  • 森万佐子さん
    2010年1月~2012年1月、青年海外協力隊としてセネガルへ派遣
    職種:小学校教諭、派遣先:カフリン県教育委員会(カオラック州カフリン市)
  • 若宮武さん
    2010年3月~2012年3月、青年海外協力隊としてセネガルへ派遣
    職種:村落開発普及員、派遣先:森林局ニオロ県事務所(カオラック州ニオロ県ニオロ市)
  • 曽我部清さん
    2010年3月~2012年3月、シニア海外ボランティアとしてカンボジアへ派遣
    職種:PCインストラクター、派遣先:カンポット技能専門校(カンポット)
  • 桑原直幹さん
    2011年1月~2013年1月、青年海外協力隊としてマーシャルへ派遣
    職種:理数科教師、派遣先:クワジェリン高校(クワジェリン環礁グジグ地区)
  • 石橋卓士さん
    2011年1月~2013年1月、青年海外協力隊としてパプアニューギニアへ派遣
    職種:コンピュータ技師、派遣先:ココポ高校(ココポ)
  • 山田亜由子さん
    2011年1月~2013年3月、青年海外協力隊としてパナマへ派遣
    職種:村落開発普及員、派遣先:持続的環境開発センター エル・カカオ サブセンター(カピラ市エル・カカオ地区)
  • 石濱桂さん
    2011年3月~2013年3月、青年海外協力隊としてパラグアイへ派遣
    職種:村落開発普及員、派遣先:パラグアリ県庁観光部(パラグアリ県パラグアリ市)
  • 六車哲郎さん
    2011年3月~2013年3月、シニア海外ボランティアとしてネパールへ派遣
    職種:協同組合運営指導、派遣先:ラリトプール(農業協同組合省農業局農業振興課)
  • 瓜生絵理子さん
    2009年6月~2011年6月、青年海外協力隊としてチリへ派遣
    職種:作業療法士、派遣先:カストロ家族診療所(第10州カストロ市)
  • 齊藤真紀さん
    2009年6月~2011年6月、青年海外協力隊としてエチオピアへ派遣
    職種:体育、派遣先:ラフト中学校(アジスアベバ)
  • 西岡雅美さん
    2009年6月~2011年6月、青年海外協力隊としてセントルシアへ派遣
    職種:ソーシャルワーカー、派遣先:保健省家族福祉課(カストリーズ ショーセーロード)
  • 深田真理子さん
    2009年6月~2011年6月、青年海外協力隊としてケニアへ派遣
    職種:観光業、派遣先:コースト保護区(ケニア野生生物公社)
  • 楠川富子さん
    2009年9月~2011年9月、シニア海外ボランティアとしてカンボジアへ派遣
    職種:看護管理、派遣先:国立小児病院(プノンペン市)
  • 上原誠子さん
    2010年6月~2012年6月、青年海外協力隊としてセネガルへ派遣
    職種:エイズ対策、派遣先:タンバクンダ青少年カウンセリングセンター(タンバクンダ州)
  • 前原圭祐さん
    2010年6月~2012年6月、青年海外協力隊としてスリランカへ派遣
    職種:環境教育、派遣先:バランゴダ市役所(バランゴダ)
  • 松下倫尚さん
    2010年6月~2012年6月、青年海外協力隊としてヨルダンへ派遣
    職種:環境教育、派遣先:教育省アインアルバーシャ支局(アインアルバーシャ)
  • 片山正敏さん
    2010年9月~2012年9月、シニア海外ボランティアとしてパラグアイへ派遣
    職種:固形廃棄物処理、派遣先:国立技術標準院(アスンシオン)
  • 姫田哲平さん
    2010年9月~2012年6月、青年海外協力隊としてフィジーへ派遣
    職種:村落開発普及員、派遣先:ラ県事務所(ブレニツ村)
  • 三野正二郎さん
    2010年9月~2012年9月、シニア海外ボランティアとしてケニアへ派遣
    職種:柔道(警察訓練学校)、派遣先:警察訓練学校(ナイロビ市エンバカシ)
  • 元家康雄さん
    2010年9月~2012年9月、青年海外協力隊としてガーナへ派遣
    職種:コンピュータ技術、派遣先:ガーナ・ヘルス・サービス保険情報管理センター(グレーター・アクラ州アクラ)
  • 保井正明さん
    2010年10月~2012年10月、シニア海外ボランティアとしてドミニカへ派遣
    職種:品質管理、派遣先:サンティアゴ商工業協会(サンティアゴ)  
  • 鍋谷望海さん
    2010年10月~2012年10月、青年海外協力隊としてブルキナファソへ派遣
    職種:青少年活動、派遣先:ワガドゥグ青少年保護社会復帰センター(カディオゴ県ワガドゥグ市)


○宮治直子さん(2011年11月)
2010年~2012年1月、青年海外協力隊としてパラグアイへ派遣
職種:保健師、派遣先:サン・ファン・ネポムセノ地区病院(カアサパ県サン・ファン・ネポムセノ市)

 私は地球の裏側パラグアイで保健師として2010年1月より活動中です。任期もあと3か月を切りました。
 活動開始から様々なことがあり、毎日一喜一憂です。活動以外にも、現地の人と交流を深めたり、日本語を教えたり、ペットボトルでかばんを作ってみたり、貴重な体験をしています。
 活動は、救急を要する重症患者が増える一方で、救急体制の整っていない配属先や任地において、救急法普及活動を配属先同僚や消防局などの力を借りて行ったり、脳卒中が死因一位を 占め生活習慣病が増えていることからも、高血圧・糖尿病プログラム保健師と一緒に活動したり、貧しい地域に出向いて衛生教育や母親教室を準備したりしています。
 ここで生活し活動できていること、たくさんの出会いに本当に感謝、感謝です。
 活動以上に、異文化に触れ日本を再認識したり、実際の国際協力の現状を知ることができたことも自分の中で意味のある2年間となったと思います。




○柏原庸一さん(2011年11月)
2010年1月~2012年1月、青年海外協力隊としてミクロネシアへ派遣
職種:環境教育、派遣先:コスラエ州資源管理委員会(コスラエ州トフォル)

  ミクロネシア連邦の最東端に位置し、最も手付かずの自然が多く残るコスラエ島にて活動しています。現在行っている活動はゴミ処分場や河川・港の水を採水しての水質調査、医療廃棄物の分別点検などの定期的な業務です。またミクロネシア連邦4州同時にJICA環境ボランティアたちが連携した廃棄物実測調査 (J-AWARE)とコスラエ州の廃棄物収集システムアンケート調査を実施しました。現在その廃棄物収集システムアンケート調査を基にして、コスラエの不法投棄現場の撲滅と収集システムの向上を目的とした各村での住民集会の準備を行っています。
 そして私自身の最大の活動は今年4月後半より毎朝実施している道路脇のゴミ拾い活動です。この目的はコスラエの人々のゴミのポイ捨てを少しでも減らすための環境啓発活動です。そして今年10月それを感じとった配属先のKIRMAのスタッフが「週1回その啓発も含めたクリーンアップ活動をやろう」と提案してきてスタッフと共に実施しています。更にその様子をラジオ放送やローカルチャンネルでムービーとして放送予定です。このコスラエでのゴミのポイ捨ては大きな問題ですが、繰り返し啓発を続けていくことが非常に大事だと思います。
コスラエの自然の美しさの象徴であるマングローブ。大きさ、美しさ共にミクロネシアNo.1です。 コスラエでの最大のイベントはクリスマスマーチングです。昨年ホストファミリーと共にコスラエアンに混じって参加しました。今年は4年に1度の盛大なマーチングになるようです。
2011年5月26日(木)コスラエで東日本大震災追悼セレモニーが行われました。この時コスラエの人々からたくさんの義援金、追悼ソング、更には日本語に翻訳された応援メッセージが披露されました。このセレモニーには私も感激し、コスラエに住む日本人として司会者にお願いしてマイクでコスラエの人々に直接お礼を言いました。 今年9月に行われた村での運動会でゴミをポイ捨てしないよう、ゴミはゴミ箱に入れましょうというアナウンスを行いました。この時はゴミ箱・ゴミ袋とも不十分でしたので、今年11月のカヌーレースでは主催者にお願いしてゴミ缶をたくさん用意してもらい、再びアナウンス。前回と比べたら多少ポイ捨ても減り、効果は少しありました。継続して習慣づける必要があります。




○田村美津子さん(2011年11月)
2010年1月~2012年7月、青年海外協力隊としてマラウイへ派遣
職種:幼児教育、派遣先:コンソールホームス(ナミテテ)

 香川県のみなさんこんにちは、マラウイ共和国に幼児教育隊員として派遣されている田村美津子です。派遣されて約2年が過ぎようとしています。今回活動期間6カ月延長を希望し、承認され2012年7月の帰国になりました。2年間過ごした様子と今後の活動の目標を簡単ですがご報告したいと思います。
 まずは、マラウイという国を紹介したいと思います。東アフリカ地域の内陸国で国土の4分の1を占めるマラウイ湖が世界遺産に登録されています。公用語は英語で、小学1年生から習います。現地語は主にチェワ語・トゥンブカ語の2種類、宗教はキリスト教が70%を占めます。最近はイスラム教徒が増えたように思います。主要輸出物は、タバコ・トウモロコシ・砂糖・紅茶です。主食は「シマ」と呼ばれるトウモロコシの粉を餅状にしたもので、おかずはかぼちゃの葉・トマト・玉ねぎを細かく刻んで油と塩で炒めたものがよく出されます。卵やお肉・魚はめったに食べることができません。大統領制で、現在ムタリカ大統領が2期目の政権を継続しています。国費の4割が外国からの支援で賄われています。外貨収入が少なく、政府が石油を買えずに、ガソリンスタンドでは常に行列が発生します。近年物価の上昇が激しいです。電力は水力発電のみで、毎日のように停電があります。医療技術&物資不足、HIV/AIDSの蔓延で平均寿命年齢も50代前半です。これだけ聞くと「大変な国に派遣されているんだな~」思われますが、私はマラウイが大好きで仕方ありません。
  マラウイは「The Warm Heart of Africa」と呼ばれています。人々は陽気でとても親切、そしてシャイで臆病な面をもっています。会う人会う人に挨拶をかわし、感謝の念を表し、年上の人に対して敬う姿をよく見ます。日々の生活はほとんど自給自足、収入を得る仕事は少なく生活はとても厳しい状況ですが、お母さん達の笑顔と笑い声、子ども達の屋外で伸び伸び遊ぶ姿、木陰で会話を楽しんでいるお父さん達を見ると「マラウイっていいな~」と思ってしまいます。最近、日本のテレビでマラウイが取り上げられることが増えました。どんな内容かというと「公前でおならをしたら捕まえられるかもしれない法案が提出されそうになった」「歩くのが世界で一番遅い国」「独学で自転車を使って風力発電機を作った少年の話」「歌手のマドンナさんが養子をもらった」などです。そのマドンナさんが支援している「コンソルホームズオーファンケア」という施設で私は活動を行っています。その活動を紹介します。
 「コンソルホームズオーファンケア」は、孤児・貧困家庭・HIV/AIDS陽性者・乳幼児・村の保健婦さんの教育等に対して支援を行っているNGO団体で、カナダ・アメリカ・ヨーロッパ・日本など、多数の団体が支援を行っています。その中の幼稚園部で、幼児教育・指導者への技術移転・母親学級の支援・母親達の収入向上活動を行っています。メインセンターを中心に、何ヵ所かのセンターを巡回指導し、楽しみながら身に着く知育活動&教材作り、体育・音楽・工作・自由遊びの提案などを行っています。言葉の壁・習慣の違いの問題はありますが、子ども達を思う気持ちは同じで先生達とは楽しみながら活動を行っています。教えることよりも学ぶこと・助けるよりも助けられることの方が多いように思います。このような状況を得られるまでにはいろんなことがありましたが、先輩隊員たちの頑張りや、JICAマラウイ・周囲の人々のサポートのおかげで、今ではよい思い出となっています。しかし、まだまだ問題は山済みです。残りの任期は、幼児教育の指導書作りとその指導書を使ったトレーニングを予定しています。小学校を出ていない先生達も使いやすい指導書、「幼児に対しての基本的な対応の仕方」や「具体例・絵をたくさん載せた楽しい活動・指導」をわかりやすく紹介し、できるだけ多くの先生達に配布し、有効利用してもらい「笑顔がいっぱい」の幼稚園作りを進めていきたいと思います。その為の環境作りの一環でもある母親学級での指導・収入向上活動も同時に継続していきたいと思います。
 このような活動は私一人で行うものではありません。配属先・同僚の先生達・同配属先の隊員・JICAマラウイなど、周囲の多くの理解・協力を得て進めていきます。どこまでできるかわかりませんが、少しでも「子ども達の笑顔」が増えること、「お母さん達の笑顔」が増えることを目標に、「私も笑顔!」で頑張っていきたいと思います。
  最後になりましたが、香川県のみなさんに「アフリカ・マラウイ」を紹介できたことを嬉しく思います。「マラウイ」の、「日本」の、「世界中」の子ども達の笑顔がつながればいいなと願いながら、少しでもそれに関われるよう増やせるように、微力ではありますが残り6カ月頑張りたいと思います。
インターナショナルボランティアデイでお母さん達の作品を販売する 現地語で「大きな栗の木下で」の手遊びをする
子ども達に元気をもらう 体育遊びでバランス「飛行機のポーズ」
母親学級でペットボトル工作をする




○真鍋未里佳さん(2011年11月)
2010年3月~2011年12月、青年海外協力隊としてエジプトへ派遣
職種:幼児教育、派遣先:社会連帯省スエズ支局(スエズ)

 社会連帯省スエズ支局家族子ども部に配属され、エジプトの保育士の技術向上を目指した活動を行なっています。
 エジプト革命による情勢不安、日本への3カ月間の一時退避を経て、2011年5月に、ここエジプトへ戻ってくることができました。任地のスエズに再赴任の日、温かく迎え入れてくれた現地の同僚たちの笑顔に、とても元気をもらったのを覚えています。そして、嬉しいことに、ボランティアが不在の3カ月の間に、同僚たちが自主的に2回の幼児教育セミナーを開いていたことが分かりました。私の再赴任後も、「またセミナーをやろう」と同僚の方から持ち掛けてくれ、2011年6月、幼児教育定期セミナーに加え、スエズで初めての開催となった乳児保育セミナーを開催しました。
  活動の内容としては、幼児教育セミナー開催の他、巡回活動・アイデア集や保護者向けおたよりの作成・モデル園の設定・重点地域の支局部長会議の開催などを行ない、「遊びを通した学び」の大切さを伝える活動をしています。
 活動で私が特に大切にしていることは、まずセミナー開催やアイデア集作成などにおいて、ボランティア主体ではなく、現地の保育関係者主体、または、現地保育関係者と協力して進めることで、現地に根付いたものになるよう配慮すること。また、保育現場においては、子どもと実際に遊び、子どもの笑顔に触れることで、保育士さんに遊びの重要性を体感してもらうこと。そして、保育士という仕事は、実際のところ労働賃金も低く離職率も激しいのが現状ですが、そんな中で、子どもに携わる仕事に誇りをもってもらえるようなきっかけ作りをすること。これらを意識して活動していくなかで、“こどもの気持ちに寄り添える保育士さん”が少しでも多く増えることを願っています。
  気が付けば、残りの任期ももう2カ月を切りました。定期セミナーが“定期”開催でなかったり、保育士さんの気分次第で思うように事が進まなかったりと、相変わらず“エジプトらしいマイペース”に振り回されることもあります。しかしそれ以上に、“エジプトらしい明るさ”に元気をもらい、“エジプトらしい人情深さ”に助けられています。同僚たちや子どもたちと一緒に、最後まで楽しく活動していきたいです。
  帰国後の讃岐うどんが楽しみで仕方ない真鍋でした!
巡回活動☆アオムシの制作 巡回活動☆保育士さんや子どもたちと一緒に手遊び
幼児教育定期セミナー




○森万佐子さん(2011年11月)
2010年1月~2012年1月、青年海外協力隊としてセネガルへ派遣
職種:小学校教諭、派遣先:カフリン県教育委員会(カオラック州カフリン市)

  西アフリカ、セネガルの小学校における音楽・図工・体育教育の振興を行っています。
 活動も2年目となり、たくさんの学校、先生方から「うちにも授業をしに来てくれ」と言われることが多くなりました。これも前任の方々からの努力が続いてきた結果だと思います。そこで先日、現職教員対象に音楽・体育・図工教育研修会を行いました。隣県の配属先・隊員と協力し合って合同企画し、研修の方向性・費用などについて配属先と何度も話し合い、6日間、計220人の教員に向けて開催しました。
 若い先生から年配の先生までそれぞれの科目を体験型で学んでもらいました。体育では日本ではおなじみしっぽとりゲームをしたり、ボール投げ、リレーなどを行いました。
 図工では、白紙で人形の型を作りクレヨンで顔や服を描くアクティビティを行いました。まず先生方に子どもたち全員分の人形の型を作って欲しいので、紙を数枚重ねて一緒に切るやり方を紹介しました。これだけでも難しく、まずハサミを使うことに慣れていない人も多いのです。
 私の2年間の活動も終わりに近づき、もっとできたことはあるのではないかと思いますが、鍵盤ハーモニカが弾けるようになった先生を見ていると、何かは残せたのかな、という気もしています。




○若宮武さん(2011年11月)
2010年3月~2012年3月、青年海外協力隊としてセネガルへ派遣
職種:村落開発普及員、派遣先:森林局ニオロ県事務所(カオラック州ニオロ県ニオロ市)

  前回の活動報告から1年経ちました。この1年間で養蜂研修を2度開催し、新たに5村で養蜂を新規導入しました。また、防護服等の資材も村で製作して、複数の養蜂家でそれらを共有できるようにもしました。既存の養蜂村を中心に、収穫した蜂蜜を販売して収益を上げているところもあれば、新規の養蜂村では、養蜂箱にうまく蜂が定着しないなど、思うようにはいかないところもあり、試行錯誤は常に続いています。私が任地で1年半、養蜂支援を続けていると、そのことが周辺の村々にも知れ渡るようになってきました。「必要な材料は自分で買い揃えるから、養蜂を教えて欲しい、俺も養蜂を始めたい」と言って我が家を訪ねてくる住民もいて、彼らにも養蜂支援を広げていきたいです。
 また、任地内で土壌保全に関するJICAのプロジェクトが始動しました。プロジェクトのカウンターパートであり、私の配属先でもあるニオロ県森林局もプロジェクトに強い関心を持っています。わずか1年半分ではありますが、ここでの人脈、ローカル情報、土地勘などを生かして、プロジェクトに貢献できればと考えています。
 残り5ヶ月間、活動分野を限定することなく、悔いのない隊員期間を過ごして、日本、香川へと戻ります!
セネガルで一番大きいといわれるバオバブの木にて、隊員仲間と一緒に。 収穫した蜂蜜を瓶詰めして、村の市場で売り歩きます。
養蜂箱は村人たちと一緒に作って、村内の林に設置します。 雨季の雨水による土壌侵食を抑えるための枠堰を、森林局主導のもと、地元住民、地元NGOなどが一緒になって建設しました。




○曽我部清さん(2011年11月)
2010年3月~2012年3月、シニア海外ボランティアとしてカンボジアへ派遣
職種:PCインストラクター、派遣先:カンポット技能専門校(カンポット)

 私は、2010年3月から2年間の予定で、カンボジアのカンポット技能専門校のコンピュータコースのお手伝いをしています。
  カンボジアと言えば、多くの日本人は「内戦」、「地雷」等をイメージすると思います。私がカンボジアへ赴任することが決まった時にも、何人かの友人から「もう、地雷の心配はないの?」と聞かれました。
 現在のカンボジアは、山間部や国境の一部に地雷が残っている可能性はありますが、人々の日常生活には全く影響がないということです。
 配属先のカンポット技能専門校には、コンピュータコース、自動車修理コース、バイク修理コース、織物コース、服飾コース等があります。私は、コンピュータコースの授業のお手伝いをしながら、カリキュラムの改善や新しいコースの立ち上げの相談相手となっています。
  こちらでは、一般家庭へのパソコンの普及率は低く、配属先の学校の先生でも個人のパソコンを持っているのは半数以下です。しかし、若者のパソコンやインターネットに対する熱意・関心は高く、コンピュータコースの学生募集には毎回多くの応募者があるそうです。そんな若者のために少しでもお役に立てるよう、残された任期を頑張りたいと思っています。
配属先のカンポット技能専門学校のコンピュータコースで、パソコン実習の手伝いをしている様子です。
現在のコースでは、ワードとエクセルの基本を教えています。
同じ任地で活動している協力隊員の指導した運動会のお手伝いをしました。
こちらでは、運動会は行われていないそうで今回参加した約160名の中学生にとっては初めての体験です。
こちらの知人の結婚式に招待され、関係者が花嫁のヘアカットをするセレモニーを体験しました。 世界遺産であるアンコールワットは、カンボジア最大の観光資源で毎年世界中から多くの観光客が訪れています。




○桑原直幹さん(2011年11月)
2011年1月~2013年1月、青年海外協力隊としてマーシャルへ派遣
職種:理数科教師、派遣先:クワジェリン高校(クワジェリン環礁グジグ地区)

 こんにちは。青年海外協力隊として、2011年1月6日からマーシャル諸島共和国に派遣された桑原直幹です。私は理数科教師としてクワジェリン高校というクワジェリン環礁唯一の公立高校で活動しています。9か月たった今も、毎日日本では経験できないことに驚きや戸惑いを感じながら現地の人々と充実した生活を送っています。
  私は、G11(日本でいう高校2年生)の四クラスとG9(中学三年生)一クラス、計5クラス数学の授業を担当しています。G11の生徒には幾何学を、G9には基礎代数学を教えています。 この国の高校生の数学学力は著しく低く、高校生にも関わらず「九九を覚えていない」「足し算ができない」「少数の掛け算ができない」生徒が多数です。 そのため私の学校では、数学の時間は全生徒に「3分間テスト」を行うようにしました。これは20問のベーシックな数学の問題を3分間で解かせるもので、8月から今まで続けているのですが、中々成績は思うように伸びません。生徒のモチベーションを高めるために、他クラスの成績と比較したり、いい点数を取った生徒にはご褒美を上げたりして、様々な工夫をしています。すぐに結果をだすことは難しいので、忍耐強く生徒と向き合い、数学能力向上に努めていきたいです。 この国では日本でも有名なインスタント食品「サッポロ一番ラーメン」が大人気です。ほとんどの生徒は昼休みになると毎日のように食べています。この生徒の食べ方が本当に興味深いのですが、彼らはお湯をそのままプラスチックの中に注ぎ、熱そうにプラスチックを持ちながら食べます。
 この国の言語はマーシャル語という現地語を主に用いています。英語は公用語とされています。マーシャル語は日本語発音のものが存在していて、「ヤキュウ(野球)」「デンキ(電気)」「ゾウリ(草履)」などの単語はこの国の人たちも使います。戦時中に日本人が導入したとのことです。マーシャル諸島と日本のつながりは深く親密的であると感じます。
 活動中思うようにいかないことが多くあります。第一に言語のカベ。9か月たった今でも中々思うように説明できなかったり、伝えられなかったりすることが多いです。第二に日本人であること。マーシャル人は親日的ではあるけれども、ときに生徒にからかわれたり、子どもに小石をなげられたりすることもあります。私は生徒にからかわれても、どんなことをされても、怒りません。もし、私が怒っていると、「日本人は怒りやすい」とのマイナスイメージをすぐに植えつけてしまう可能性があります。すべて、逆手にとるような反応をしめし、おどけたりして、子どもたちに人種差別をしてはいけないことを伝えたいです。l子どもたちのわるい先入観を根っこから取り除こうと思います。ぼくは絶対に負けません。
 そんな数ある悩みもマーシャルの空を眺めれば一気に消えていきます。ここの空は、手をのばせば届きそうなほど近くに感じます。いまにも落ちてきそうな積乱雲、太陽に映えて美しく輝く夕焼け、夜になると満天の空に数億のきらめく星たち、天の川、毎日空を見るたびに感動しています。
 この国で学ぶことは日本では味わえないことばかりです。今日もどんな体験がまっているだろうか。
 活動の中で出会えた友人、同僚、生徒、そして、協力隊として参加することを許してくれた両親への感謝の気持ちを忘れず、これからも活動に取り組んでいきたいです。




○石橋卓士さん(2011年11月)
2011年1月~2013年1月、青年海外協力隊としてパプアニューギニアへ派遣
職種:コンピュータ技師、派遣先:ココポ高校(ココポ)

 私は今、パプアニューギニアという国のココポという街にいます。地元の高校でコンピュータの授業を担当しています。
 英語や数学などと同様、コンピュータの授業に関しても教育省が作成するシラバスがあるため、基本的にはシラバスに沿った授業を行います。他の科目と掛け持ちで教えている先生が多く、コンピュータに関する専門的な知識を持った先生は不足しています。だからシラバスの内容を網羅することが出来ておらず、そういった問題を解決することを学校から期待されております。
 具体的にはMicrosoft Office の使い方や動画編集の仕方、インターネットに関する基礎知識を教えており、授業以外の時間はパソコンの修理、ウイルス対策、教材の作成、ビデオ撮影、先生向けの授業などを行っています。
 どれもこれもパプアニューギニアにやってきてから始めたことなので試行錯誤の連続ですが、努力の甲斐あってか今では校内を歩いていると生徒、先生問わずいろんな人からいろんな相談を持ちかけられるようになりました。今後も活動1つ1つの品質を高め、信頼と満足度向上に努めていきたいと思います。
高校3年生クラスと自分(コンピュータ室にて) 授業中の様子(コンピュータ室にて)
全校集会(ホールにて) 運動会(グラウンドにて)




○山田亜由子さん(2011年11月)
2011年1月~2013年3月、青年海外協力隊としてパナマへ派遣
職種:村落開発普及員、派遣先:持続的環境開発センター エル・カカオ サブセンター(カピラ市エル・カカオ地区)

 パナマ共和国エル・カカオ村にて、村内の5つのお母さんグループと一緒に生活改善活動を始めて早9ヶ月が経とうとしています。配属先の環境庁と協力しながら、現在は自然環境から採れる種や実、木などを使ったアクセサリーや小物販売に向けてプロジェクトを始めたところです。
 生活改善活動といっても、どうしても資金が必要です。村には仕事もなく、また、子育てをしながら働くのは困難ですし、町に出るまで徒歩1時間半、バスで1時間かかります。私が帰国してからも継続して生活改善活動ができるように、まずは収入、または活動資金を得るための活動から始めることにしました。販売がうまく進めば、その資金をもとに、かまどや食器棚などを作る予定です。
 お母さんたちはとっても元気で明るく、今の生活を少しでも良くしたいと一生懸命考えています。しかし、資金やインフラが整っていないこと、また、自信がなく恥ずかしがり屋さんで、なかなか動けずにいるように感じます。大きなことはできないかもしれませんが、お母さんたちが一歩ずつ勇気をもって前に進んでいけるように、背中を押せる存在でありたいと思います。
 残り約1年ですが、お母さんたちと楽しく活動をしていきます。
環境庁エル・カカオ支所長のカウンターパートと職場の仲間たち グループメンバーさんのキッチンにて開催。村のほとんどの家庭が三つ石かまどを使い、水道は外にあることが多い。
グループメンバーさんのリビングにて開催。いっぱい作って販売していきたいとやる気いっぱいのお母さんたち。 ご飯にお豆煮、鶏肉煮込みが定番。付け合せは野菜バナナのフライとサラダ。




○石濱桂さん(2011年11月)
2011年3月~2013年3月、青年海外協力隊としてパラグアイへ派遣
職種:村落開発普及員、派遣先:パラグアリ県庁観光部(パラグアリ県パラグアリ市)

 パラグアイに来て半年が経ちました。人口22万人のパラグアリ県の県庁観光部に所属し、県内の観光の活性化、観光を活用して住民の生活向上を図ろうとしています。2009年にできた観光部は、正規職員1名、秘書1名の小さなところです。
 はっきり言って、パラグアイに「ザ☆南米の観光地」として想像するような壮大な観光地はありません。パラグアリ県にもありません。…これは失礼にも私だけが言っているのではありません。現地の人に「県庁観光部で働いています。」というとだいたいの人が「え、何もないのに?」と言うぐらいなのです。
 でも、現地の人にそこまで「ない、ない。」と言われると、「何かあるだろう」と思うものです。観光資源かな?というようなものを見に行きますが、確かに「こりゃ、素朴だなぁ。」と感じるものが多いです。
 ただ、この状況は「どう生かすか仕掛けが大事だ。」と思うだけです。
 香川県のうどん人気にしても、盛り上がった瀬戸内国際芸術祭にしても、常に「仕掛け人」たちがいて、多くの人がアイデアを出し合い、作りあげていき、「素材」を生かしたと思うからです。
  さて、私に何ができるか。
  今は、「素材」を調査しています。どんなものがどのような状態で存在しているか。どんなイベントが各地で行われているか。どんな人たちが関わっているか、現地の人はどういうことを楽しいと感じているのか…。
 まず、パラグアリ県のシンボルは、県内に点在しているセロ(岩山)です。数十分~数時間で登れるものが多く、頂上からはのどかな光景が見渡せます。南米最古の汽車・駅跡地、歴史的な教会もあり、果樹栽培、酪農、サッカーボールやハンモック作りが盛んな地域もあります。全体的にゆったりとした時間が流れていて、気さくな人が多いです。
 まだ、異習慣、異文化にとまどったり、自分の会話力をあげるのに苦労したりの方が大きいですが、ここの素材を生かすきっかけ作りができ、現地の人たちが「パラグアリには、こういうものがあるよ。」と言えるものができればいいな、と思っています。
日本文化の紹介。習字で漢字を書くのは大人気。 カアクプ市のフェスティバルで馬術の披露
カアクプ市の牛の品評会 キンドゥ市の闘牛大会
サッカーボール作りが盛んなキンドゥ市 サプカイ市の汽車・駅跡地
ジャガロン市の歴史的な教会 パラグアリ市のセロ
ハンモック作り みんな大好きチパ(トウモロコシ粉)でできたパン




○六車哲郎さん(2011年11月)
2011年3月~2013年3月、シニア海外ボランティアとしてネパールへ派遣
職種:協同組合運営指導、派遣先:ラリトプール(農業協同組合省農業局農業振興課)

 ネパールに赴任して7か月が経ちました。カトマンズの私のオフィイスの窓からも、ヒマラヤの山々が白く大きく観える季節になってきました。
 JICAシニアボランティアとして、農業局農業振興課でネパールのモデル農業協同組合設立の支援をしています。赴任当初は事前知識以上に、喧噪で不潔で混沌とした印象でした。都心に人と牛と猿と犬が同居しています。交通マナーの欠如やバンダ(交通閉鎖)、飲めない水など驚きと幻滅でした。
 数か月経過すると、人々は誠にフレンドリーで、会えば家に来い食事をしようと誘われます。ネパール人宅で食事をしたり、私が日本食に招いたりして交流を深めています。その時はいつも、さぬきうどんの話をします。
 週3回、ヨガの指導も受けています。中山間地の農村は、ちょうど40~50年前の阿讃山脈の村のようです。私の子供時代のようで、懐かしく涼秋を感じます。そこへ出かけて行って、カウンターパートと現地の青年海外協力隊員と共に、農協設立に向けたプレゼンを楽しみながら一生懸命しています。
ヘタウダの女性組合の人たちと マヘンドラナガールでの屋外説明会
ドラガッタの農協事務所予定地で カイレッリ村 農家倉庫の2階で




○瓜生絵理子さん(2011年5月)
 2009年6月~2011年6月、青年海外協力隊としてチリへ派遣
 職種:作業療法士、派遣先:カストロ家族診療所(第10州カストロ市)

  2009年6月下旬より2年間、青年海外協力隊員・作業療法士としてチリ共和国に派遣され、公立診療所で、常勤の理学療法士と体育教師と一緒に活動しています。
 任期も残りわずかとなりましたが、活動開始直後、同僚と意見の食い違いでいきなり衝突し、つたないスペイン語で必死に説明しても、わかってもらえず悔しい思いをしていたのが、まるで昨日のことのように思い出されます。
 色々と衝突しながらも、自分にできることを少しずつ実施し、同僚との信頼関係も除々に築けてきて、チリでの生活にも慣れてきたのは、活動を始めて半年~1年程過ぎた頃でした。私は同僚や活動環境に、本当に恵まれていたと思います。意見の食い違いや言葉の壁、生活習慣の違いこそありましたが、同僚とはお互いを必要とし、必要とされながら活動してきました。患者さんも、地域の方々も、日本人である私に対して暖かく迎え入れてくれました。
 また、日本という国や日本での自分の職場、また、自分という人間はどういうものなのかを考えるいい機会でもありました。ここでの経験は、私の人生にとってかけがえのない2年間であったと同時に、この経験を今後の仕事や生活に生かしていきたいと思っています。
人口4万人。チロエ島の首都 カストロ家族診療所、外来診療と訪問診療を行っている公立診療所。無料で医療を提供している。
脳出血手術後の右片麻痺の患者さんとリハビリテーション中 職場の同僚。日本の紹介とリハビリテーション室の紹介を地域住民対象に展示形式で紹介。




○齊藤真紀さん(2011年5月)
 2009年6月~2011年6月、青年海外協力隊としてエチオピアへ派遣
 職種:体育、派遣先:ラフト中学校(アジスアベバ)

 エチオピアの首都アディスアベバで体育教師をしています。赴任当初は中学校での体育授業を担当していましたが、1年半が過ぎた時に、中学校が新校舎になり、運動場がなくなってしまったので、小学校で芸術(体育、音楽、図工)を2年生の子どもたちに教えています。もともと芸術の教科が好きだったし、エチオピアの子どもたちは自己表現の力が欠けているのではと感じていました。
 音楽では手拍子でリズムをを感じたり、ピアニカを使って音階があることを教えたり、アムハラ語や英語の歌を歌ったりしています。学校と言っても、音楽に関する教材や設備は全くないので、子どもたちにとっては全てが新鮮です。図工では、折り紙をしています。エチオピアの図工は絵を書くことしかしないので、最初はきれいに三角に折ることさえできませんでしたが、現在は鶴に挑戦できるほどです。体育の設備も全くと言っていいほど整っていないので、手作りボールでキャッチボールをしたり、鬼ごっこをしたり、と初歩的な走る、投げる、を含む遊びを行っています。
 どこの国でも、将来の鍵を握っているのは子どもたちです。育ち盛りの子どもたちには計り知れない可能性が広がっており、吸収力、適応力に富んでいます。そんな子どもたちのために、よりよい教育を提供し、道を作って行くのが大人の役目だな、と感じます。エチオピアの子どもたち、アイゾチュー(がんばれ)!
これが主食のインジェラ! 断食後にありつける肉、肉、肉
朝礼の前に生徒とおしゃべり 初めてのドッジボール




○西岡雅美さん(2011年5月)
 2009年6月~2011年6月、青年海外協力隊としてセントルシアへ派遣
 職種:ソーシャルワーカー、派遣先:保健省家族福祉課(カストリーズ ショーセーロード)

 もうじき任期を終え、日本に帰国する日が迫っています。同僚は「日本のオフィスに帰らないって言いなさいよ。セントルシア人の夫を見つけてあげるから、結婚してセントルシア人になりなさいよ!」と言ってくれていますが、日本の家族や友人、香川のうどんと夕陽が恋しいので、・・・私は帰ります。
 活動先はTransit Homeと言い、虐待を受けた子ども達やその他の様々な事情により保護した子ども達に必要なケアを提供し、心理療法を実施するなどして支援し、家庭復帰を目指す入所型施設です。そこでのペアレンティングプログラムの実施が私の最後の活動となりました。
 途中、様々なトラブルに見舞われながらも、何とか実施することが出来ました。2011年1月にTransit Homeが開所し、初めてのプログラムだったけれども、スタッフらと共に悩みながらクライエントを援助することが出来た経験は、私の財産となりました。日本でも、セントルシアでも、子ども達を大切に思う気持ち、必要な援助をすべき責任が大人たちにあるという思想は、変わらない・・・。日本に帰ってからも、子ども達の為に一生懸命に働くセントルシアの人々を応援し続けたいと思っています。
施設名は"New Beginnings"、OECS(東カリブ諸国機構)初の児童一時保護所であり、スタッフらは新しいチャレンジに意欲的に取組んでいます。 チキンをクレオールソースで煮たものです。カリブ米、ブレッドフルーツ、グリーンフィグ、プランテン、ヤム芋、チョウメンなどが主食です。
とにかく元気いっぱいで活発です。暑さに負けずに毎日走り回っています。 6月~11月は雨期です。雨期になると、雨降りの後にはしばしば綺麗な虹が現れます。

 




○深田真理子さん(2011年5月)
 2009年6月~2011年6月、青年海外協力隊としてケニアへ派遣
 職種:観光業、派遣先:コースト保護区(ケニア野生生物公社)

 皆様、こんにちは!青年海外協力隊、観光業隊員としてケニア、モンバサに派遣中の深田真理子です。
 私の配属先はケニアの野生生物公社(Kenya Wildlife Service: KWS)コースト保護地域中央事務所で、ケニアの沿岸地域の海洋国立公園・保護区の他、一部同地域の内陸部の国立公園・保護区も管理しています。そのうちの1つ、シンバヒルズ国立保護区はモンバサの南約35km程の内陸部、クワレという小さな町の傍にあります。KWSの国立公園・保護区はある一定の基準を達成すると、広報を目的としたブランディングと呼ばれる式典を行うのですが、先日このシンバヒルズ国立保護区のブランディングが行われました。
 もともとは昨年9月に行われる予定だったこの式典。ケニアではよくあることですが、整備スケジュールの遅れなどから延期、延期となり、半年以上も遅れてようやく実施することができました。オフィス棟や玄関口をはじめ、保護区内はすっかり整備され、モンバサから保護区に向かう幹線道路の至るところに案内表示も設置されました。保護区内は象やバッファローなどが多く見られるため、基本的には車で移動することになっていますが、ピクニックサイトや展望台など、一部車から降りることができるスポットがあり、その全てに案内表示、トイレ、ゴミ箱も設置され、より利用されやすくなりました。
 式典はオフィス棟裏のグラウンドで10時から始まる予定でしたが、KWSを管轄する林業・野生生物省の大臣が3時間遅れで到着し、始まったのは午後1時。クワレの町の住民や関係者らが参加して賑やかに行われました。シンバヒルズ国立保護区は丘陵からの眺めも素晴らしく、またセーブルアンテロープが見られる保護区として有名で、モンバサをはじめ、コースト地域のホテルから日帰りツアーもよく出ています。より多くの方々に保護区やコースト地域の魅力を知って頂きたいです。
 早いもので、私の任期もあと僅かとなり、慌しい毎日を過ごしていますが、最後まで元気に頑張りたいと思っています。
式典の様子。
シンバヒルズ国立保護区のシンボル、セーブルアンテロープのマークが入った旗のお披露目。
式典にはKWSバンドも参加し、パレードや音楽で式典を盛り上げました。
幹線道路に設置された看板。 KWSバンドのメンバー、スネアドラム奏者のケリーさんと。白い歯が素敵です。

 




○楠川富子さん(2011年5月)
 2009年~2011年9月、シニア海外ボランティアとしてカンボジアへ派遣
 職種:看護管理、派遣先:国立小児病院(プノンペン市)

  少しの不安と大きな希望を抱いてカンボジアにJICAシニア海外ボランティアとして二度目の派遣で4年目を迎えている。今では現地語のクメール語と英語そして慣れ親しんださぬき弁が混ざった新語で不自由なく暮らしている。
 定年退職後高松市報で見た「あなたの技術を海外で活かしませんか」という記事がきっかけとなり未来が変わった。この国で遅れている医療水準を高めるために国立小児病院で人材育成と看護規程や看護師免許制度導入のお手伝いとして現場の意見をとどける活動もしている。子どものいのちを守るため途上国の医療の現場は、多くの支援を必要としています。厳しい現状の中でも、人々は希望や明るい気持ちを持ち頑張っています。現地の皆さんと一体となって協力していくことで、どんどん視野が広がり成長していく自分を感じる。相手の立場を尊重し、人を大切にするならば、どこでも楽しくできることを教えられた。そして今までどれほど多くの人々に支えられて生きてきたか、普通・当たり前のありがたさを意識する。もうすぐ帰国です。私の経験した国際協力の現場の様子を皆様にお伝えし、ボランティアに関心を持っていただけるとうれしく思います。
人材育成でゴールドメダル受賞 配属先国立小児病院では、カウンターパートと協力して活動
My Officeを訪れる子どもたちやお母さんたちに歯磨き指導もしています。 広島県からのJICA中国のスタディツアーの皆様に配属先紹介。
元気をもらっています。
入院病棟でもうすぐ退院の少年と婦長さんとスタッフと一緒に。 中央病院から救急医療の講演に来られたみなさまを配属先の救急棟にご案内。
アイパルでいただいた法被でフリースクールでの高松まつり。大喜びでした。 庶民の台所の市場は、新鮮な野菜・魚を求めて毎日混雑しています。


 ~後日談~
 委任された草の根特使として、カンボジア環境省から来日されたことのある研修生を訪ねた。
 香川県で特に印象が強かったのは、ゴミの分別システムの完璧さであったとのこと。
 帰国後の彼らの貢献の賜物か、現在のプノンペンのゴミ収集作業及びシステムは目を見張る発展である。





○上原誠子さん(2011年5月)
  2010年6月~2012年6月、青年海外協力隊としてセネガルへ派遣
 職種:エイズ対策、派遣先:タンバクンダ青少年カウンセリングセンター(タンバクンダ州)

 皆さんこんにちは。
 私の任地タンバクンダ州タンバクンダ市は首都のダカールから車で東南に約8時間走った内陸部に位置し、国土の約3分の1を占める広大な州です。セネガルには乾期と雨期の2つの季節がありますが、乾期の任地は非常に暑く、50℃近くなることもあります。
 ここで私はエイズ対策隊員として活動しており、地元の青少年カウンセリングセンターに配属されています。センターでは無料でHIV検査とカウンセリングを受けることができます。遠方の地域には出張検査に出る事もあります。セネガルのエイズ感染率は他のアフリカ諸国に比べると低い値ですが、早婚や割礼、一夫多妻制といった文化があり、エイズ対策だけでなく、広義の感染症予防の啓発が必要と思われます。配属先では文化を尊重しつつ住民の健康促進を目指して日々の業務を行っています。
 配属されて1年が過ぎようとしていますが、活動は掲示物を作成したり、職員との勉強会を企画したり、センターの利用者が安心して来所出来るようプライバシー保護の環境設定をを工夫したりしています。
 何かをしてあげる、してもらうという関係ではなく、セネガルの人々と互いの得意分野を融合させ、よりよい社会の実現の為に協力して前進していく姿勢で、残りの任期も活動出来たらと思います。
地方の村でHIV感染予防啓発イベントと、無料検査を実施 出張検査の準備中の同僚と私
赤ちゃんが生まれてから1週間後に行われる名付式での炊き出しの様子 炊き出しを手伝う私。

 




○前原圭祐さん(2011年5月)
  2010年6月~2012年6月、青年海外協力隊としてスリランカへ派遣
 職種:環境教育、派遣先:バランゴダ市役所(バランゴダ)

 皆さまこんにちは!私はインド洋の宝石スリランカはバランゴダ市で環境教育として主に生ゴミの堆肥化や学校でゴミ処理と3R運動に関する教育を行っています。近年スリランカでもペットボトルや個別包装された食品、お菓子などが増加していますが、バナナの皮と同じように路上に捨てる人が大多数です。当然ながらバナナと違い自然分解されず動物の誤飲、病気を媒介するデング蚊の大量発生、さらに洪水の原因になったりと大きな社会問題になっています。政府も対策を講じておりポイ捨てを取り締まる環境警察も導入されたのですが、市民の間では危機意識が低く、バスの窓からゴミの吹雪が舞うこの国を私の教え子たちが少しずつでも改善していくことを信じるばかりです。
 日常生活において日本と違う部分が多く、いまだに不慣れなことだらけです。とくに食事ですが3食がカレーです。さらに、どれも舌がしびれるほど辛い。スリランカ人いわく世界一辛い料理だそうです。日本のカレーと違いとろみは無く、お皿の上で数種類のカレーとご飯と混ぜ合わせ、インドと同様に手で口に運びます。食事の辛さとは対象的に、お菓子と紅茶はびっくりするほど甘く砂糖が溶けきらずジャリジャリとします。
 ゴミと砂糖と香辛料に包まれながら、残りの任期も全うしたいと思います。
それでは、日本の皆さまに感謝を込めてアーユーボーワン!!

 




○松下倫尚さん(2011年5月)
  2010年6月~2012年6月、青年海外協力隊としてヨルダンへ派遣
 職種:環境教育、派遣先:教育省アインアルバーシャ支局(アインアルバーシャ)

 香川県の皆様、こんにちは。私は中東にあるヨルダンに派遣され、もうすぐ1年が経とうとしています。派遣された当初は、イスラム文化の全てに圧倒されましたが、今ではすっかりアラブ生活に馴染んで日々楽しく過ごしています。中東はとても暑いというイメージがあるようですが、12月~3月はとても冷え込み、日本と同じように雪や雨が降ります。また、ヨルダンは香川県と同じく特産品がオリーブです。アラビア語ではゼイトゥーンといい、いたるところにオリーブの木が植えられています。今後も、アラブ生活・現地の人たちとの交流を楽しみながら活動を行っていこうと思います。
<現在までの活動状況>
・廃布を使ったリサイクルわらじ作り(担当地区の各学校、大学のイベント、キャンプ自治区、NGOセンターで実施)
・水環境を主旨とする教育アクティビティおよび講義(担当地区の学校で実施)
・森林自然保護区に訪問(各学校の環境クラブを引率)
・全国の教育局関係者を集めて行った環境教育隊員によるワークショップ形式のプレゼンテーションを実施(教育省とヨルダンJICA事務所が連携して主催)
・廃タイヤを使ったリサイクルBOX作り(空き缶、プラスティック)

 




○片山正敏さん(2011年5月)
  2010年9月~2012年9月、シニア海外ボランティアとしてパラグアイへ派遣
 職種:固形廃棄物処理、派遣先:国立技術標準院(アスンシオン)

 日本を出発して7ヶ月が経ちました。ここパラグアイはこの時期(5月)、だんだんと冬に向かっており、朝晩は結構冷え込みます。南半球に位置しているため、気候は日本とは逆、また、日本との時差は13時間、昼と夜が反対です。
 いま私は、パラグアイの首都、アスンシオンにある国立技術標準院(INTN)でボランティアとしての業務に携わっています。ここ技術標準院は度量衡の中心的な役割を担っており、日本でいえば、計量検定所と云ったところでしょうか。また度量衡のみならず石油、医薬品、水道、牛乳、パラグアイ特産のマテ茶等の成分分析及び環境分析も行っています。ここで私は環境部門に属し、工場排水や河川水の分析等に関する助言、時にはその手伝いに携わっています。また、工場等にサンプリングにも時々同行させてもらっています。これは当地の工場等を知る絶好の機会で、工場内では排水のみならず排水処理施設なども見学させてもらっています。
 ここアスンシオンの街並みは、碁盤の目に分けられており、それぞれ通りには戦争時に活躍した英雄や医者の名前、またペルーやアルゼンチン、アメリカといった名前が付けられています。またこれらの沿道にはバナナ、パイナップル、ミカン等のフルーツが売られており、フルーツの豊富さを実感させられる光景が広がっています。
 最後に、いかにこの国の実情に合ったボランティア活動を展開していけるかが今後の課題だと思っています。

 




○姫田哲平さん(2011年5月)
  2010年9月~2012年9月、青年海外協力隊としてフィジーへ派遣
 職種:村落開発普及員、派遣先:ラ県事務所(ブレニツ村)

 Yadra vinaka!(こんにちは)
 フィジーの農村での生活が始まって早半年が経過しました。フィジーと聞いて綺麗な海を思い浮かべ羨ましがる人も多いと思います。しかし私の村は森に囲まれた丘の上にあり、海などありあせん。草をかき分けながらパパイヤなどの果物を森に探しに行くような生活を送っています。まさに自給自足。フィジーは大地の恵み、海の恵み、森の恵みが豊かな国です。農村で現地の人と同じ生活をしていると自身の生き方についていろいろと考えさせられますし、私自身が周りに生かされていることに気付かされます。
 現地の私の活動ですが村の婦人会と一緒にミニマーケットを建てたり、農業事務所の協力を得ながら農家さんの野菜栽培のサポートをしたりしています。また現地の道具だけで自家菜園を作って、身を持って農業の大変さを味わっています。活動は始まったばかりでまだ何も達成していません。ただフィジーでの活動は地域づくりであり、外から来た者としていろんな刺激を村に与えていき、村の将来などを村人と一緒に考えていければと思います。日々村人に助けられてばかりなので、この残り1年半の間にその恩返しができるような活動をしていきたいです。
村のミーティングでプロジェクトの説明をしている様子。 自家菜園でマメ栽培。畑を作り始めて村人とのコミュニケーションが増えました。
家を訪ねるとカヴァ(太平洋州の伝統的な飲み物)が出てきます。飲みニケーションです。 写真大好きな子ども達。放課後に遊んでいる仲良し3人組。

 




○三野正二郎さん(2011年5月)
 2010年9月~2012年9月、シニア海外ボランティアとしてケニアへ派遣
 職種:柔道(警察訓練学校)、派遣先:警察訓練学校(ナイロビ市エンバカシ)

 ご無沙汰です。
 早いものでケニアに赴任しまして8ヶ月が経過しようとしています。ケニアの青い空(現在、雨季のために曇り空が多いですが)の下で元気に頑張っています。
 私の所属するGSU(General Service Unit)は、ケニア警察の一部署で日本警察の機動隊のようなセクションに該当し、デモ警備、要人警護、各国大使館等の施設警備等の有事の際に即応する大統領直轄の特殊部隊の訓練学校です。任務の性格上、必然的に強さと力が求められており、その点は、ここGSUの責任者のアシスタントコミッショナー(Assistant Commissioner~階級)も十分に認識しており、柔道に対する意気込みもなみなみならぬものがあり、責任重大です。
 現在、4/4(月)から6/3(金)までの9週間、上級者コース(Advance Course)27名を受け持って悪戦苦闘しています。前回は1/10(月)から3/4(金)までの8週間はビギナーズコース(Biginners Course)24名を受け持ち、なんとか全員を無事に送り出すことが出来たのですが、この時はGSUの柔道選手がアシスタントに付いて、基本的な受身や礼儀作法等を教えてくれ、楽だったのですが、今回は4月末にセネガルでアフリカ大会があり、これにGSUから選手コーチとして3名の者が出場参加し、更に同じく4月末にケニア国内のGSU内の陸上競技大会が開催され、ほとんどの柔道選手がこれに回され、結局、私1人で教えることになり、孤軍奮闘しています。
 こんな近況で元気にやっています。
プリズンにおける試合状況

練習状況

ビギナーズコースのメンバーと

 






○元家康雄さん(2011年5月)
 2010年9月~2012年9月、青年海外協力隊としてガーナへ派遣
 職種:コンピュータ技術、派遣先:ガーナ・ヘルス・サービス保険情報管理センター(グレーター・アクラ州アクラ)

 ウォホテェセン?(お元気ですか)
 私がコンピュータ技術隊員としてガーナに派遣されてから半年が経ちました。
ガーナは、西アフリカの赤道上にあるために非常に暑く常夏です。ガーナ人は争いごとを嫌い、温厚で気さくな方が多く友好的です。また、2010年のワールドカップでベスト8に残るなどサッカーが盛んで、いたる所で楽しそうにプレーしている姿を目にします。
 私の配属先は、ガーナの首都アクラ中心部から西に15km行ったところにあるコレブ病院の敷地内にあるガーナ保健情報管理局です。同じ敷地内には、野口英世博士が黄熱病の研究をしていた場所があります。保健情報管理という名のとおり、ガーナで最も恐れられているマラリアをはじめ、結核、エイズの罹患率や出生率、予防接種、コンドーム配布数にいたるまで幅広い情報を収集、分析、管理をしています。現在、私はガーナ全土の保健情報をネットワーク化し、一元管理する新システムの構築に携わっています。今後は開発だけにとどまらず、実際にシステム運用している現場を巡回するなど積極的に行動していきたいです。

ICTワークショップでの講義 コレブ病院前

ホームステイ先にて 現地料理、フーフー

 



○保井正明さん(2011年5月)
 
2010 年10 月~2012年10月、シニア海外ボランティアとしてドミニカへ派遣
 職種:品質管理、派遣先:サンティアゴ商工業協会(サンティアゴ)

 香川県の皆さま、いかがお過ごしでしょうか? ご無沙汰いたしております。
抜けるような紺碧の空が広がるドミニカ共和国第2の都市、サンティアゴは、緑の多い高原都市で、いつも爽やかな微風が街を吹き抜けています。

 JICAシニアボランティアとして、サンティアゴ商工業協会(ACIS)に赴任し、早や、6ヶ月あまりが過ぎました。
 暮らしてみての印象は、人種の坩堝、街の喧騒、貧富の差、ハイチからの大量流民、日本人移民社会、そして、住宅の戸窓の鉄格子、犯罪多発、頻繁な停電、飲まない方がいい水道水、溢れる中国製衣料、圧倒的シェアの日本車、美味な果物等々、初めて海外生活をする私にとっては、驚くような体験ばかりです。

 私の職務は、サンティアゴ商工業協会の会員企業約1000社に対する経営支援として、ISO9001(品質管理)認証取得支援コンサルティングです。私が日本で約12年間、ISO9001審査員活動をして来た経験が活かせるためにやって来ました。

 現在、コンサルティングを実施予定の企業10社(保険会社、弁護士事務所、総合病院、ケーブルテレビ会社、建設会社、タバコ製造会社、食品製造会社、自動車整備会社等)の教育資料を作成中です。また、関連する内部監査員養成セミナーやリーダーシップ開発セミナー、創造性開発セミナー、食品安全管理セミナー等の準備もしています。

 交流活動としては、職場の同僚の結婚式に出席したり、地元カーニバルを一緒に見学したりしています。また、昨年12月中旬には、日系人社会の方を対象に讃岐釜揚げうどんづくり体験会を企画し、多くの方のご参加をいただき、交流を深めることができました。

 先般の東日本大震災発生後は、サンティアゴでも追悼ミサや義援金募金活動が催され、多くのドミニカ共和国の方々からお見舞いのお言葉、義援金をいただいており、日本大使館を通じて日本へ届けられる予定です。

  私も遠くから東日本の復興を祈念し、任務を全うしたいと決意を新たにしています。

サンティアゴの中心に立つ巨大なモニュメントの前で。
いつも快晴です!

ACIS事務所にて、スタッフの方々と。
女性の方が活躍されている職場です。

ハラバコアという高原の町の公民館にて、
讃岐釜揚げうどん体験会にご参加された方々と。






○鍋谷望海さん(2011年5月)
 2010年10月~2012年10月、青年海外協力隊としてブルキナファソへ派遣
 職種:青少年活動、派遣先:ワガドゥグ青少年保護社会復帰センター(カディオゴ県ワガドゥグ市)

 『のぞみ!おはよう!元気?家族は?良く寝れた?』
 ブルキナファソの子ども達は毎日元気な声を掛けてくれます。
 僕はブルキナファソという国でストリートチルドレンと関わっています。親がいなかったり、いても金銭的な問題や虐待などが原因で家を出て、学校にも行けず、路上で暮らすことを強いられた子ども達。そんな子ども達の貧困は深刻です。1日1ドル以下の生活で、首都にはご飯を食べられず物乞いをする子ども達がいたり、犯罪に走ったり、空腹をシンナーや薬物で紛らわしたりする子ども達もいます。しかもその中には、10歳にも満たない子ども達もいるのです。
 そんな子ども達と一緒にいて、日本に生まれ、物質的に恵まれた自分に気づかされました。また、そんな苦しい中にいる子ども達なのに笑顔と目の輝き、人懐っこさには驚き、日本の子どもにも無い素晴らしい部分を見ることもできました。
 僕は子どもの笑顔を少しでも増やせるように、サッカー、ドッジボール、オセロなど頭や体を使った遊びを提供しています。
 形上、支援する、支援されるの関係の僕と子ども達ですが、子どもの笑顔に励まされ、子どもを笑顔にする活動を子どもと一緒になって続けていきます。


 




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