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漆芸の歴史
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「japan」には「漆」・「漆器」という意味があります。
これはかつて漆器が日本の代表的な輸出品だったころの名残であり、漆器・漆芸品は日本の伝統文化を代表するものです。
香川の漆芸は、200年近くの歴史があり、独自の技法で箸や椀などの生活漆器から高級家具、美術工芸品に至るまで様々な漆器が作られています。
漆芸に適した土地柄でないにもかかわらず、香川県が漆工芸の産地になったのは、江戸時代後期、高松藩に出た1人の傑出した人物の努力によってです。
【縄文時代から日本人の生活と深く結びついてきた漆】
漆は、古くは福井県鳥浜貝塚から縄文時代前期と考えられる朱塗りの櫛が見つかるなど、装身具や容器の塗料として利用されてきました。漆を塗ることで接着剤にもなり、防水性・耐熱性・耐久性が高まります。何よりも麗しい深みのある色が生まれるのです。
香川県でも、弥生時代の集落跡である原中村遺跡(高松市牟礼町約1,800年前)で、漆が内部に残った鉢や土器約60点が出土しました。いずれも器の内側や口縁部に漆が付着していました。なかには、ヘラのような道具でかき採った痕跡もありました。漆を貯蔵する容器としてしようしていたと考えられます。プラスチックなどの合成樹脂が登場するまでは、身のまわりの食器・家具などにも漆が塗られていました。漆は、はるか長い歴史を持っているのです。

漆の木から掻き採ったばかりの漆は乳白色の不透明な液で、空気に触れると次第に茶褐色から黒っぽく変色していきます。
その漆に煤(すす)などを入れて黒漆に仕上げます。一方、漆に硫化水銀を混ぜることで、麗しい朱漆ができあがります。この黒漆と朱漆の2色で多くの椀や鉢などが作られてきました。黒は、普段の日常性を意味し、朱は、生命の根源である血の色でもあり、生・再生・祝いや喜び・日常性を表していると考えられています。昔の人々は、触れるとかぶれる漆に対し、恐れや不可思議さを抱きつつ、畏敬と憧れの気持ちという高い精神性を持って取り扱っていました。 【塗料や接着剤、防水剤として利用されてきた漆】
木や竹(網代:あじろ)などでつくった素地に、漆を塗り重ね、艶やかで堅牢な漆面ができあがります。また、その漆面にデザインを加飾する場合もあります。このようにして漆器・漆芸品はようやく仕上がります。使い手も作り手の心を受けとめて使用してきました。漆器・漆芸品は、使う人の手にとられ、使い込まれてはじめてその良さがひきだされ、価値が高まるのです。しかし、私たちは、いつのまにか漆器・漆芸品の取り扱いは難しいという固定観念にとらわれ過ぎるようになったようです。

漆は日本という温暖湿潤な気候の中で育った漆の木から採取されます。漆は、日本の気候と日本人の美意識、そして匠の技によって手を加えられ、漆器・漆芸品として生み出されてきました。英語では「china」が中国・陶磁器を意味するのと同様に、「japan」は日本の漆器・漆芸品を指します。漆器・漆芸品は日本の伝統文化を代表するものです。

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