香川の環境のトップページに戻ります  
香川の環境へ


スタイルシートが無効なため使用できません→ 文字の大きさ: 
現在地:香川の環境 >みどり・自然 > 「かがわの自然」の物語 >かがわの地形と地質
目次

かがわの地形と地質

地形と地質

 わたしたちの郷土は、花こう岩とその仲間の岩石の上に讃岐山脈、台地状の山や平地を造っている地層や岩石が重なってできています。
 この花こう岩類は、約1億年前に地下深いところでマグマが冷えてできた岩石です。起伏に富み、県内いたるところで地表から顔を出して山を造っています。また、高松、丸亀の地表下や瀬戸内海の海底にもつながっていて、県内のどこを掘ってもこの岩石に突き当たります。
 南に見える標高500m〜1,000mの讃岐山脈は、約7,000万年前の太平洋の海底に堆積した泥や砂(和泉層群)が隆起してできたもので、かつては、アンモナイト、オオムガイやイノセラムス(二枚貝)のいる海でした。

写真:

■イノセラムスの化石の拡大写真はこちらから>>>
■オウムガイの化石の拡大写真はこちらから>>>
 この山脈の北側に東西に延びる標高100m〜400mの丘陵地帯があります。ここでは、100万〜200万年前の砂礫層(三豊層群)を見ることができます。この中には、徳島県や愛媛県でしか見られない青石や黒石(結晶片岩)の礫が混じることがあります。この礫は、観音寺から琴南、高松空港の丘陵地や高松平野の地表下に見られます。この礫が、どこを通ってやって来たのかは、二説あります。一つは、大野原町の雲辺寺あたりで、讃岐山脈を越えて香川県に流れる古吉野川があったという説。もう一つは、愛媛から燧灘に出て、観音寺―財田―高松南部へと流されてきたという説です。 写真:讃岐山脈と結晶片岩の礫の載る丘陵地
写真:ウグイ(魚)の化石
 一方、平野部や島しょ部では、標高200m〜800mの台地状の山や円すい状の山が目に入ります。これらは、たいてい山頂に約500万〜1,000万年前の火山活動によってできた黒っぽい溶岩(讃岐岩質安山岩類)を載せています。この時代の火山岩類や堆積物は、まとめて讃岐層群と呼ばれています。溶岩が冷えて固まった火山岩類は、まわりの地層や岩石に比べて、雨風の浸食に強いため、山頂に残って台地状や円すい状の地形を造ります。これらの美しい山容は、香川県の景観を形づくる特徴になっています。よく観察してみると、五色台にしても屋島にしても北へわずかに傾斜しています。丸亀平野の飯野山(讃岐富士)など円すい状の山も見る方向によって、やや南北に長くなっています。これらは、その当時の地形や後の地殻変動を反映している名残ともいわれています。
■ウグイの化石の拡大写真はこちらから>>>

 近年、これらの火山岩類の下の火山灰層から、植物化石をはじめゴキブリやウグイ、世界最古のナマズなどの動物化石が見つかり、当時の自然の様子がすこしずつわかりかけてきました。
写真:化石
■古瀬戸内海のたい積物の拡大写真はこちらから>>>
■フミガイの仲間の化石の拡大写真はこちらから>>>
■トウヒの花粉化石の化石の拡大写真はこちらから>>>
■ナウマンゾウの臼歯と下あご骨の化石の拡大写真はこちらから>>>

 小豆島や豊島では、これら火山岩類などの下に、約2,000万年前の古い瀬戸内海時代の地層(土庄層群)があります。サメの歯、二枚貝、巻貝や植物化石がたくさん出てきます。
 瀬戸大橋のかかる瀬戸内海も、約2万年前のウルム氷期には、海水面が現在より100m以上も下がり、瀬戸内海は陸地化し、一部に湖沼地帯ができていました。周辺にはスゲ、ワレモコウやミツガシワなどの草本類、落葉カシ、ツガ、モミや五葉マツなどの樹木類が生え、そこにはナウマンゾウたちの世界がありました。
写真:イチイガシの堅果
 その後、地球上が次第に暖かくなると、海水面が上がり、隆地化した瀬戸内海に再び海水が進入してきました。約6,000年前には、海水面が現在より2〜3m高くなりました。県内でも当時の礫層や砂層が、東かがわ市引田や高松市神在に残っています。この時代は縄文時代に当たることから、「縄文海進」と呼ばれています。坂出市の与島や善通寺市の永井、高松市番町の地表下から縄文時代のクロマツ、アラカシ、イチイガシ、ケヤキ、クスノキ、ヤブツバキ、センダン、ムクロジやトチノキ、ムクノキ、アカメガシワ等々の葉や種子などが知られています。

■縄文時代のイチイガシの堅果の化石の拡大写真はこちらから>>>

 また、高松市や坂出市、丸亀市など海岸近くの地表下20m前後には、2万4,000〜5,000年前、鹿児島県の姶良カルデラから飛来した火山灰が10cm〜30cmの厚さで、また高松市や丸亀市、三木町の平野部の地表下の浅い所に約6,300年前、鹿児島県の硫黄島付近の鬼界カルデラから飛来した火山灰が見つかっています。有史以前に日本でも想像を超える巨大な火山活動があったことを教えてくれます。そして、これらは地層の年代を特定する大切な鍵層として注目されています。
 弥生時代になると、海水面も現在と同じくらいになります。県内のあちこちからこの当時の遺跡が多く報告されていますが、そんな中、高松市林町の遺跡から讃岐山脈の南側を走る中央構造線の活動によると推定される「噴れき」現象(震度6強程度)のあることが、2002年に香川大学の長谷川修一教授らによって明らかにされています。
 また、1万年ほど前に活動したとされていた長尾断層(長尾衝上断層ともいう)が、木田郡三木町大字田中字宮下のトレンチ調査で、古墳時代以降、あるいは平安時代以降に活動した可能性のあることが、活断層研究センターの杉山雄一センター長らによって研究されました。そして、この断層が、約3万年の間隔で活動しており、マグニチュード(M)7.2)程度で、県内の震度が5弱から7と推定されています。写真は、そのトレンチ調査の現場写真です。この断層崖は、落差1.2m〜1.5mあって、県内唯一のもので、学術的に極めて貴重なものです。
写真:長尾断層トレンチ調査

■長尾断層トレンチ調査1の拡大写真はこちらから>>>
■長尾断層トレンチ調査2の拡大写真はこちらから>>>
 なお、高松市仏生山町で「高松クレーター」が、ニュースになったことがありましたが、当地の1,700mのボーリングコアから、前述の長谷川教授らによって、火山性の地質構造によるもので、隕石の衝突によるものではないことが明らかにされています。
■香川県内の活断層はこちらから>>>
■香川の生い立ちの年表はこちらから>>>
古市 光信
↑上に戻る