14.杜(もり)のみち
15.田園のみち
16.山里のみち

14.三宝寺〜與田寺・・・・・7.1km

杜のみちは全体になだらかなコース。休みながらゆっくり歩いて約2時間半の道のりです。

15.與田寺〜JRさぬきあいおい駅・・・・・15.2km

途中1km程山道がありますがあとは平坦なコースです。休みながらゆっくり歩いて約5時間半の道のりです。

16.JRさぬきあいおい駅〜徳島県境・・・・・3.4km

(県境からJRあわおおみや駅の間にも四国のみちが整備されています。) ※JRさぬきあいおい駅〜JRあわおおみや駅・・・・・6.9km 山里のみちは、大坂越の旧道を歩くコースで、起伏のあるコース。 特に県境からあわおおみや駅の間に急な山道があります。 休みながらゆっくり歩いて約3時間半の道のりです。

大坂峠園地のページを見る

周辺情報

A. 三宝寺

山号は竜王山法幢院。境内にある美しい樹形のボダイジュは、県の天然記念物に指定されています。ボダイジュは6月中旬に甘い香りの淡黄色の花をつけます。又、ボダイジュのとなりには3本のチシャノキ(香川の保存木)があります。チシャノキは、葉が柿の葉に似ていることからカキノキダマシとも呼ばれます。その他境内には、キリシタン墓があります。

B. 星越峠

水主神社へ参る人や、大窪寺から四国88ヶ所奥の院・興田寺へ向かうお遍路さんたちの通ったこの峠には、次のような話があります。

昔(東かがわ市白鳥町)福栄に藤井権三郎という剣道の達人がいました。ある夜、権三郎がこの峠を通りかかった時のことです。真っ黒い怪物が道いっぱいにうずくまり、どうしても通ることができません。怒った権三郎は、「怪物め!」と叫ぶなり抜打に黒い大きな影に斬りつけました。「ガッ!」という凄まじい音とともに黒影は消え、彼は何事もなく無事に峠を越すことができました。翌朝、村人がここを通ると、峠のお地蔵さんが首を切られて倒れており、肝をつぶしたといいます。

今でも、峠付近には二体のお地蔵さんが祭られていて、花が絶えません。

C. 大内ダム

昭和42年3月完成。総工費4億4,300万円、総貯水量100万トン、灌漑面積373ha、上水道日量1,500トン給水の、洪水調節・観光の多目的ダムです。

D. 水主神社

延喜式内社。社殿はすべて春日造りで統一されています。屋島壇ノ浦での戦いに際し、源平両氏が戦勝を祈願したとも伝えられています。付近からは、縄文時時代の石器、弥生・古墳時代の土器が多数発見され、宝物殿には多くの文化財が納められています。また、境内には40種類のシダ植物が混生する貴重な植物の自生地で、県の自然環境保全地域に指定されています。大内ダムから眺めた社叢の美しさはとても見事ですね!

D. 石風呂

和風サウナ。室内で松などの生木を焼き、これに海水を注ぎ、むしろを敷いてその上にすわる・・・・という江戸時代武士や庶民に親しまれた療養施設です。水主には新宮、本宮、那智の三つの石風呂がありましたが現在は残っていません。特に風呂谷にあった新宮風呂は有名で、周囲には多くの宿屋が立ち並び、歴代の殿様もよく入室されています。殿様の宿は近くの弘海寺があてられました。行基苑の空風呂(営業中)と同じものです。

E. 興田寺

山号は医王山虚空蔵院。四国88ヶ所奥の院ともいわれ、天平年間(奈良時代)行基菩薩の創建と伝えられています。境内および宝物殿には、本尊の薬師如来をはじめ多数の文化財が陳列されています。また、門前にそびえる2本の大木は、県指定天然記念物、樹齢約700年のムクノキです。

F. 原間池周辺

原間池周辺は古代文化の栄えたところ。4世紀から7世紀にかけて多くの古墳が営まれています。池の堤防に立って目をとじると、古代人の足音が聞こえてくるようです。

1.原間古墳  6世紀後半の横穴式古墳。玄室は左片袖式で、奥壁の鏡石は巨大な一枚岩です。構築以来家族墓として使用されていたものと思われ、奈良時代の土鍋、平安時代の須恵器が出土しています。

2.大日山古墳  4世紀の前方後円墳。朱の入った割竹型石棺、鉄剣、甲冑が出土したと伝えられています。

G. 常観寺

その昔、弘法大師が四国霊場を開くにあたり廻国された折、休憩されたと伝えられるところ。境内には樹形の美しい桜の大木があります。ちょっとお参り。

H. 石引池

山里にひっそりと静まり返る石引池。青みがかった水面に、周囲の緑が映えています。

I. 糖業感謝碑

東かがわ市相生には、かつて讃岐三白(砂糖、塩、綿)のひとつにあげられていた和三盆糖作りが今でも伝統産業として、ひそかに息づいています。そういえば、四国のみち沿いにもさとうきび畑が点在しています。

J. JR讃岐相生駅

香川県最東端の駅。潮のかおりが漂い、相生漁港に出入りする漁船のエンジン音が旅情をそそります。

J. 大坂峠みち

“みち”は時代とともに、また人々の暮らしとともに移り変わってきました。大坂峠みちも、讃岐と阿波をつなぐ生活、あるいは信仰に道として、その姿を変えながら今日に至っています。今、四国のみちとしてよみがえったこの旧道も、県道ができるまでは大坂峠みちとして大切な役割を果たしていました。

K. 展望休けい所

旧道から約150m入ったところにある休けい所。ここから眺める毛無島、通念島、松島の岩肌と緑と、瀬戸内海の青とのコントラストの美しさが印象的です。

L. 県境

四国のみちは、ここで徳島県にバトン・タッチ。 県境から20・程徳島県側に入ったところには、かつて昭和10年3月に高徳線が全線開通するまで営業していた「豆茶屋」がありました。きっと賑やかだったことでしょうね。豆茶の製法は、展望休けい所の入り口にある解説板に書いてあります。どんな味だったのかな?