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香川県立白鳥病院外観

第5回ナラティブ発表内容


わたしたちにできること

    …96歳で一人暮らしをしているAさんは、年齢のわりにしっかりしているなぁ、というのが最初の印象でした。

    動作はゆっくりとしていて、ときどき尿の取りこぼしもみられ、転倒リスク(危険性)はⅢ度の要注意でした。点滴をしているため日中も臥床がちだったので、今の筋力を落とさないよう足踏み練習や歩行練習などのリハビリを日課にしました。

    Aさんは私の話をいつもニコニコと聞いてくれ、リハビリも横になっているときでも声をかけると「よし、行こうか」と応えてくれ、一度も無理やわがままなことは言ったことがありません。

    しかし、その後Aさんの病状は原因がよくわからないまま改善せず、ある日の転倒をきっかけに寝たきりの状態となりました。

    最近では声もでず、声をかけると眼を開けますが、すぐに閉じてしまいます。それでも私が部屋にいくと、まるでリハビリしているよ、というように急に手を曲げ伸ばしします。

    「えらいね」と声をかけるとわずかに微笑み、「また来るね」と言うとかすかにうなずいてくれます。

    こんな状態のAさんに今、私は何がしてあげれるんだろうと日々考えます。ケアをしながら涙があふれてくることがあります。…


伝わらなかった言葉

    ナースコールが鳴り、訪室するといきなり「これ(点滴)どななっとんや!」と怒鳴られました。

    点滴が落ちたり落ちなかったりするとのことで、見ると点滴のルートが手首に入っており、手首の向きによって滴下のスピードが変わるようでした。

    難聴がある方なので、近づいて耳元で大きな声で説明をしましたが、怒ったままでなかなか納得されません。

    なんとか分かっていただこうと話を続けていた時、いきなり私の頬へ平手打ちがかえってきました。

    一瞬、何が起こったのかわからなかったのですが、「ごじゃごじゃ、うるさいんじゃ!」と言われ、その場を離れました。

    とてもショックでした。…


穏やかな死

    …Aさんは入院が嫌いで在宅で療養している方です。

    知的障害のある息子さんと二人暮しでしたが、娘さんの援助も受けて在宅生活を続けていました。自宅の庭は一つ一つ自分で木を植え、時間をかけて完成したもので、Aさんはこの場所が大好きでした。訪問するたびに「わしが植えたんや。あっちにしだれ桜があるんや。庭に出たい。」と言います。

    私達はどうにかして庭に降りられないかと考え、ご家族やケアマネージャーとも相談し、車椅子で庭に降りれるようスロープをかけました。車椅子で庭に出たAさんはとてもいい笑顔であちこちを見て回りました。…(中略)…

    しかし、徐々に状態は悪くなり、最後の時をどこで迎えるか、ご家族の方に相談をしました。

    息子さんにも父親の死が近づいているから側に居て静かに見守ってあげてほしいと話しました。そのとき息子さんは膝を抱えて大きな声をあげて泣かれ、私はこの方にとって父親がどれだけ大切で大きな存在であるかを強く感じました。

    ご家族は「父が一番好きなこの家で最後までみてあげよう」と決められました。

    そして、99歳の誕生日の朝、息子さんと娘さんの見守る中、静かに息を引き取られました。

    娘さんは「静かな死でした。ありがとうございました。誕生日ケーキを持って帰ってきたんです。みんなで父の誕生日を祝ってケーキを食べます。」と話してくれました。

    死は悲しいことですが、こんな穏やかな死の時を迎えることができ、そして、その場に居合わさせてもらったことを感謝したいと思います。…


看護の喜びって?

    …患者さまとの会話の中で感じたこと、考えたこと、成功したことや失敗したことをもっともっと話せる職場の環境づくりが大切。

    患者様により良い看護を提供するためにも、看護師自身が元気でいなくては・・・。患者様やご家族の目線で考えられるゆとりの気持ちを持っていなくては良い看護はできないと思う。

    木枯らしの吹く寒い日、Aさんに息子さんが「寒いけん、横で寝よか?」と話しかけていました。

    「Aさん、潰されんようにしーまいよ」と、私。思わず三人で笑ってしまった。

    何気ない会話なのに、なんだか少し心が温かくなり、私は病室を出た。


虚しさから見つけた課題

    …その方は狭心症やパーキンソン病の既往がある方で、アルコール性の肝障害で入院されました。

    内服はしていると言いましたが、残薬はバラバラで明らかに飲み忘れや飲み間違いがあるようでした。禁酒を指示されていますが、アルコールを多量に飲み、怒り出すと手がつけられなくなるため、妻も禁酒が必要なことはわかっていても言われるがままに酒を出しているとのことでした。

    入院中も思うようにならないことがあると怒鳴り、安静の必要性や転倒の危険性などを何度となく説明しましたが、通じることはありませんでした。

    本人の強い希望により退院となりましたが、禁酒の説明にも「そんなこと言うても止められんで」と言い、妻も「言っても聞かないんでね」と笑い、そのまま退院していきました。

    私の心に残ったのは虚しさだけでした。何をしていたのだろうか、と。…(中略)…

    患者の心に届かない一方通行の指導は何の意味も持たず、ただしているだけのものになってしまう。

    どのようにしたら患者が話を受け入れ、日々の生活の中に取り込み、活かしていけるのだろう…


「患者を理解する」ということ

    Aさんはアルツハイマー型の認知症だった。

    突然、「帰ろ、なあ帰ろ」「さ、行こ。会社行こ。」と言って病室に帰りたがらなかったり、「お母さんは?」としきりに聞いてきて返答に困ることがあった。時には叩いたり、蹴るなどの攻撃性も見られた。

    私はカルテを見たり、主治医から情報を得たり、家族とも話し、患者のことを理解しているつもりでいた。しかし、考え直すと患者のことを全く理解していないことに気づいた。…(中略)…

    帰宅願望や妻に会いたがるのは何かきっかけがあるばずだと、Aさんと同じ目線で周囲を見、同じ道順をたどり、時には同じように車椅子に座った。

    しかしきっかけは見つからず、相変わらず同じような状態が続いていた。

    ある日のことである。その日は作業療法士とともに屋外に散歩に出かけることになっていた。

    作業療法士は「社長、お久しぶりです。今日は私が一緒に歩かせていただきます」と挨拶した。するとAさんは「あ、そうか。よろしく頼みます」とニコッと笑った。

    初めて見る笑顔。「社長」という呼び名ひとつでAさんの思いに触れ、感情を引き出すことができるなんて思いもよらなかった。

    それから、Aさんを「社長」と呼び、Aさんが輝いていた時の写真や、長年使っていた時計、算盤などを持ってきてもらい、妻と一緒に写真を見て話した。

    少しずつではあるが、表情も豊かになり相手を気遣うような言葉が聞かれるようになった。…


その人にあった食事方法を考えて

    「ありがとうございまする、ありがとうございまする」これが100歳のAさんの口癖である。

    発熱のため施設から入院されたが、落ち着き食事が開始になった。

    最初はゼリーから始め、あっという間に食べてくれた。ところが、柔らかいご飯にするとAさんはすぐに食べるのを止めてしまうようになった。介助しても「もういりません、もういりません」と拝みながら言う。私の「頑張って食べて」と、Aさんの「もういりません、もういりません」が食事中の会話になってしまった。

    ある日、来院された娘さんが、ふと「この人は菓子パンが好きなんや」と言った。早速、主食をパンに変更した。するとジャムを塗ったパンを自分で食べてくれた。しかし、副食はやはり食べず、そのうちまたパンを食べなくなった。とくに夜の食事は殆ど手を付けない・・・。

    私はもう一度、Aさんの食事について考えてみた。

    Aさんにとって必要なエネルギーは?食事は3回、必要なの?

    娘さんにもう一度聞いた。Aさんはとにかく甘いものが好きで、食事は朝と昼だけのこともあったそうだ。栄養士に相談し、高カロリーの甘いゼリーを3回出してもらうことにした。…(中略)…

    この食事に変更してから、Aさんはパクパクと食べてくれるようになり、「食べて、食べて」「もういりません、もういりません」の会話もなくなった。

    かわりにAさんの口癖の「ありがとうございまする、ありがとうございまする」が食事中も聞かれるようになった。

    生命を維持するために必要な食事。私は一日三食、バランスよく食べなければならない、どこかそんな固定観念にとらわれていたのかもしれない。

    100歳のAさん。今までそうしてきたように、好きな時に好きなものを食べること、それは悪いことではなく、Aさんに合った食事方法だった。


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