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公開日:2020年12月10日

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彫漆展—第3回ギャラリートーク

彫漆展第3回目のギャラリートークを開催しました。解説者は松原弘明氏。重要無形文化財彫漆保持者(人間国宝)の故音丸耕堂氏の最後の弟子です。

彫漆展第3回ギャラリートーク 松原弘明氏

1967年、香川県高松市生まれ。1985年、香川県立高松工芸高校漆芸科卒業。
1988年、香川県漆芸研究所修了後、恩師の北岡省三氏のもとで修業中、音丸氏から北岡氏へ相談があり、打診を受けた松原氏は「行きます」と即答。

「音丸先生にお会いしたのは、研究所時代に1回講習を受けたくらいですが、躊躇することなく“行きます”と答えていましたね。」

22歳で東京にいる音丸氏のもとへ。
「最晩年の弟子ということもあったのか、大事にしてもらいました。
他の弟子が経験していないようなことも・・・。
タクシーに乗って神田のそば屋や、湯島天神の天ぷら屋に連れていってもらったことなど思い出します。
山形、金沢、鳥取、岡山など地方で個展があった時には毎回、同行させてもらったことも貴重な体験です。」

「仕事の時は厳しいけれど、仕事を離れるとやさしい方でした。」

「仕事は厳しかったです。
クオリティを求められることはもちろん。
同じ仕事に時間がかかっていたら、それはもう厳しく、、、。」

「音丸先生は、とにかく彫ることが好きで、仕事が好きで・・・、日曜は一人で工房に入り仕事をされていました。
90歳を超えても、よりいいものを作ろうと、新しいものへ、チャレンジされていました。」

「作る数が半端でなく、すごかったですね。
数をこなすということは、非常に大切なことです。
弟子にならないと、なかなか数をこなす場がありません。
4年間、音丸先生のもとで頑張ったからには、漆芸を続けていくしかないと思いました。」

通常、弟子としての修業は4年間で終わりますが、音丸先生が「もう、新しい弟子は、ようとらん・・・」ということで、一年継続することになりました。半年ほどたった頃、音丸先生が体調を崩し、娘夫婦が住む香川に戻ることになり、ともに香川へ。99歳で亡くなるまで、音丸先生の傍で制作を助けました。

「音丸先生の作品で好きなものはたくさんあって、挙げきれないくらいです。
漆芸というと平面的なイメージを持っていたのですが音丸先生の作る蛙や狛犬(こまいぬ)、柿などの立体をみて、こんなんできるんや。彫漆、面白い・・・と。」

「教わったことは山のようにありますが、今になって、やっとわかるようになった言葉が『師の求めるところを求めず、師の求めざるところを求めなさい。』

修業中は、やっぱり音丸耕堂を目指すわけです。
それなのに、そう言われてもね、、、
ようやくですね。何を伝えようとしていたのかが、わかるようになりました。」

松原氏の作品

彫漆箱「想」

彫漆箱「日・月」

「彫漆箱『想』は、鳥、鹿、蛇、人などをデザインしたものです。
テーマはトーテムポール。
漆という自然のものを扱いながらもごみを出すことに、ひっかかりを感じ、人間の生活スタイルを見直したい。もっと自然のことを考えたい。というような思いがわいて作ったものです。」

Totem pole(トーテムポール)/
北アメリカ北西海岸に住む先住民諸族が、そのトーテムである動物・鳥などを彫刻した柱。
独立柱・家柱・墓柱などとして立てられる。

Totem(トーテム)/
ある血縁集団と特別な関係をもつ特定の動植物や自然物や自然現象。
アメリカ先住民のオジブワ族の言葉ototeman(彼は私の一族のものだ、の意)に由来。

「彫漆箱「日・月」は、堆黒(黒漆のみ)で制作しています。
彫りの深さでどこまで表現できるかを試してみたいと思い作りました。
上面が太陽、側面に月、アンモナイトを彫っています。
海の青をイメージして、青貝を埋め込みました。」

彫漆箱「想」は、第74回県展で最高賞の知事賞を受賞。
この他、松原氏は日本伝統漆芸展で文化庁長官賞を2度受賞しています。

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