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公開日:2020年12月10日

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中山遺跡 2019年度

香川県埋蔵文化財センター

中山遺跡の発掘調査が終了しました。

8月から10月までの3か月間にわたる中山遺跡の発掘調査が終了しました。

検出した遺構や出土した遺物の内容、さらに先に報告したような地形との関連などから、今回の調査地点は川に面した中世(鎌倉時代頃)の畑作地であったことがわかりました。その後、江戸時代以降は粘質土を入れて水田として土地利用したようです。
中世の地面の下にさらに古い遺跡がないか、部分的に深く掘り下げてみましたが、川の洪水による砂が分厚く堆積しているだけで遺跡はないことがわかりました。

今回調査した部分は、道路建設工事の予定範囲のほぼ半分で、残りは来年度に調査する予定です。隣接地になるため遺跡内容は今回の結果とほぼ変わらないことが予想されますが、実際に掘ってみないと何が出てくるのか分からないのが発掘の世界。今後の調査に期待です。
(11月5日)。

畑のうねの間にあたる小溝
畑のうねの間にあたる小溝

砂の堆積
中世の地面の下の砂の堆積

中山遺跡の周辺地形について。

ようやく暑さも和らぎ、秋らしい気候となりました。台風の影響などもありましたが、調査はおおむね予定通りに進んでいます。

今回は周辺の地形に注目してみます。調査地は丘陵と平野部が接する部分を流れる北川のすぐ横に位置しており、周辺は川に向かって下る階段状の地形をしています(写真参照)。これは河岸段丘(かがんだんきゅう)と呼ばれるもので、元々は平らだった平野部を流れていた北川が長い時間をかけて削った結果で、段丘面(だんきゅうめん・階段のステップ部に相当)と段丘崖(だんきゅうがい・階段の段差部に相当)が2段分形成されています。
本来は、川の両側に作られるものですが、中山遺跡の場合は、固い丘陵が迫っているため川の北側にのみ見られます(図参照)。

調査地を掘り進めていくと、洪水による分厚い砂の層や縞模様のように混じる粘質土がみられ、北川が氾濫(はんらん)を繰り返しながら、地面を削っていったことがうかがえます。

このような土地は、氾濫の危険性が高いことから建物を立てるには適さず、農作地として使われることが多いのですが、砂が大半を占めるため、水をためる米作りに向かず、主に畑として使われたようです。中世頃とみられる畑の畝の間の細く浅い溝をいくつも確認しています。

現在は、10月末の調査終了に向けて、ラストスパートの真っ最中です。
(10月10日)。

中山遺跡の周辺の地形
調査地と周辺の地形

中山遺跡周辺の地形
調査地周辺の段丘の様子

中山遺跡の発掘調査が始まりました。

国道11号線は、東かがわ市内を通る唯一の幹線道路のため交通渋滞がひんぱんに起きています。この渋滞の解消や産業の発展などを目的として、新たにバイパス道路(大内白鳥バイパス)の建設が進んでおり、部分的に開通しています。このバイパス道路が東かがわ市の西端付近で県道10号とつながる部分の工事に先立って発掘調査を始めたのが中山遺跡です。

周辺には古代の官道・南海道の可能性がある道路側溝が見つかった坪井(つぼい)遺跡や、中世の集落跡である三殿北(みどのきた)遺跡、江戸時代の砂糖生産に使った竈(かまど)が見つかった三殿出口(みどのでぐち)遺跡などが知られています。

今回の調査に先立って行った試掘調査(試し掘り)では、室町時代頃の溝(用水路)跡を確認しましたが、柱穴跡などは見つかっていないことから、集落跡というよりは、そのまわりにあった水田や畑などの生産地に関する遺跡であろうと推定されます。

調査は8~10月の3か月の予定で、前半戦は猛暑や台風などの厳しい気候・気象との闘いが待ち受けています。心して調査を進めてまいります。
(8月8日)。

位置図

中山遺跡の位置

調査地をのぞむ
調査地を望む
(手前は県道10号・高架は高松自動車道)

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