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公開日:2020年12月10日

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讃岐国府跡 調査現場から 15

香川県埋蔵文化財センター

新たなる調査区(トレンチ)

雨の中での現地説明会の後も、調査は続いています。
現在は、「讃岐国司庁址碑」のさらに南側に新しい調査区(第4トレンチ)を設定して調査をしています。

調査区 中央の青いビニールシート部分が調査区

ここでの調査目的は、後世に綾川の流れで削られたりしたエリアや、残り具合を発掘によって明らかにすることです。
この調査結果が明らかになれば、国庁を含めた国府の役所が川の流れの移動によって移転せざるを得なくなったなどの可能性も生まれてきます。

川の跡1 白く見える田んぼの部分が推定される川の跡

川の跡2 現在の水路を境に明瞭な高低差がある(左側が推定される川の跡で低くなっている)

終盤を迎えた今年度の調査ですが、新たなる発見にご期待ください。
(2012年1月26日)

氷雨の中の現地説明会

1月21日、懸念していた雨が降る中、国府跡発掘調査の現地説明会を行いました。午前中は地元の坂出市府中町の方60名、午後は県民90名、合わせて150名もの方に来ていただきました。篤く御礼申し上げます。
午後はさらに雨がきつくなり、まずは館内で説明を行いました。

現地説明会1

その後、いよいよ現地へ向かい、今回検出した掘立柱建物跡と区画溝を見ながら、調査員が説明を行いました。調査員に鋭い質問をされる参加者の方もいらっしゃいました。

現地説明会2 現地説明会3
参加された皆様の熱意は、取り組みのエネルギーになります。今年度の発掘調査期間は残りわずかですが、さらにがんばってまいります。

現地説明会4
また、雨の中の現地説明会が無事に開催できたのも、共に調査に携わっていただいているボランティア調査員の皆様のご協力があってのことです。降りしきる雨をものともせずに作業にあたっていただきました。まことにありがとうございました。
(2012年1月21日)

小さな見学者たち

今季一番じゃないかと思うような冷え込みの中、センターと綾川を挟んで対岸にある府中小学校の5・6年生、総勢91名の児童が発掘現場の見学に来ました。

見学者1

地下から掘り出した自分たちの地元の歴史をじかに見て、調査員の説明に神妙な面持ちで聞き入っていました。

見学者2

なかでも、奈良時代前後に遡りそうな建物には興味津々だったようです。
「キミたちの地元にはすごい遺跡が埋まっているんだよ。大事に後世に守り伝えていこうね」
(2012年1月18日)

建物跡の規模を確認

3本目となる調査区で検出した四隅の丸い四角形の柱穴について、その方向と規模を確認するために、調査区を若干東西方向へ拡張しました。
すると、建物のほぼ全体像が姿を現しました。

建物跡1

建物は東西方向に長い長方形で、長辺部は柱穴が8つで約12メートル、短辺部は柱穴が4つで約5メートル、床面積は約60平方メートル(約18坪)の規模です。

建物跡2

建物の方向は、真北の方向にピタリと合っているようで、東西方向を延長した先には、城山(きやま)の天辺にある明神原(みょうじんばら)遺跡があるように見えます。

建物跡3

次は、柱穴を一部掘り下げて、時代が特定できる土器などの遺物があるかを探ります。
(2012年1月12日)

新たな調査区

「讃岐国庁跡碑」の南側に、3本目となる調査区の発掘調査に着手しました。

新たな調査区1

耕作土を重機で除去するとすぐに古代と思われる遺構面が現れました。ボランティア調査員さんたちが表面をきれいに削って精査すると、黒っぽい色をした円形や四角形の遺構が姿を現しました。

新たな調査区2

なかでも、四隅の丸い四角形が方向をそろえて並んでいるものが注目されます。これらは柱を据えた穴とみられ、ほぼ真北の方向を意識しているようです。周辺に残る条里地割が設置される前の建物になる可能性があります。

柱の跡1 柱の跡2

現在のところ、柱の間隔が2メートルほどで、建物の長さはまだ不明ですが、幅が約5メートルの東西に長い建物であると推定されます。
これからの調査で、時代などの詳しい内容を調べていきます。ご期待ください。

(2012年1月11日)

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