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公開日:2020年12月10日

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讃岐国府跡 調査現場から 18

香川県埋蔵文化財センター

シンポジウム「讃岐国府から香川県庁へ」を開催

現代の香川県庁のルーツである讃岐国府。讃岐国府と現代との関わりをテーマにしたシンポジウム「讃岐国府から香川県庁へ -時代を超えてみえてくるもの-」を、3月17日(日曜日)、高松市の香川県庁東館にある県庁ホールで行いました。
奈良大学文学部文化財学科の坂井秀弥教授をお招きして「古代の国府と現代の地域社会」という記念講演をいただき、続いて埋蔵文化財センター職員2名と県立ミュージアム職員1名が発表を行いました。最後に坂井教授と所長をコーディネーターとした発表者3名とのシンポジウムを行い、奈良時代から鎌倉時代の讃岐国府と現代の香川県庁という、1300年~800年の年代差を超えた行政機関の比較をするという大胆かつダイナミックな内容となりました。
過去があるから現代があり、現代は来るべき未来につながっていきます。過去を調べて知ることは、より良い未来を迎えるための重要な作業といえます。まだまだ解明すべき課題も多い讃岐国府跡探索事業ですが、一歩ずつその歩みを進めていきたいと改めて思いました。
先月の坂出市でのシンポジウムに引き続き、今回も多数の皆様の参加を得ることができました。皆様の熱い期待・応援を力に変えて、ミステリーハンター(ボランティア調査員)ともどもこれからもがんばってまいります。更なる応援をよろしくお願いいたします。

県庁ホール シンポジウム1

シンポジウム2 シンポジウム3

シンポジウム4 シンポジウム5

(2013年03月17日)

シンポジウム「讃岐国の幕開け」を開催

なぜ讃岐国府が坂出市府中町に置かれたのか。
県内の文化財担当者5人が発掘調査成果に基づいて様々な角度から古代讃岐国成立前後の様相を浮かび上がらせるシンポジウム「讃岐国の幕開け」を、2月17日(日曜日)、坂出市本町の市民ふれあい会館で行いました。
事前の申し込み予約段階ですでに会場の定員200名を越える申し込みがあり、当日の会場も「満員御礼」の大盛況となりました。希望されたのに参加できなかった方々にはお詫び申し上げます。
さて、会の前半は、高松市・坂出市・三豊市・当センターの若手やベテラン担当者によって古代寺院・山城・瓦窯跡・巨石墳(古墳)・国府の調査成果から、讃岐国の様子について報告を行いました。後半は報告者5人にコーディネーター(司会者)を加えてシンポジウムを行い、対外戦争や内乱といった激動の時代であった飛鳥時代(7世紀)から、平城京遷都と各地に国府の設置があった奈良時代に至るまでの讃岐国について、「中央と地方」という観点から掘り下げました。
今回のシンポジウムでは全容解明にまでは至りませんでしたが、香川に残されているモニュメント(歴史的記念物)から歴史を紐解く面白さというものを十分に感じていただけたと思います。
この会の運営にあたっても、ミステリーハンター(ボランティア調査員)が裏方として活躍しています。
会の最後には綾坂出市長から激励の言葉があり、閉会となりました。
当日配布したシンポジウム資料は、当ホームページに掲載する予定ですので、ご活用ください。

シンポジウム6 シンポジウム7

シンポジウム8 シンポジウム9

シンポジウム10 シンポジウム11

シンポジウム12 シンポジウム13

(2013年02月17日)

讃岐国府跡で埋め戻し始まる

記者発表、マスコミ報道、現地説明会とこのところ連日、熱い話題に沸いた讃岐国府跡ですが、図面作成や写真撮影などの記録が終了した調査区から埋め戻しが始まりました。
永い眠りから目覚めた讃岐国府の中枢部の建物跡や塀跡は、世の中の喧騒を離れた静かな地中で再び眠りに就くことになります。

埋め戻し1 埋め戻し2

そんな中、地元の坂出市立府中小学校の3~6年生の児童が、2月13・14日の両日に分かれて見学しました。讃岐国府の中枢部を示す建物群の柱跡や塀跡、大量に出土している瓦類を実際に見ながら、専門員の説明を受けました。
讃岐国府跡は香川県の歴史だけでなく、日本史上に輝く遺跡であり、それが府中小学校の校区内に存在していることは、まさに地元が誇る宝物でもあります。
授業で歴史をまだ学んでいない低学年の児童たちには讃岐国府の理解は難しいかもしれませんが、自分の地元に、足元に、すごい遺跡があるんだということはしっかり伝わったと思います。
大人になったときに、今日の見学のことを思い起こしてくれればいいなと思います。

府中小学校

(2013年02月14日)

讃岐国府跡現地説明会は記録尽くし

新聞やテレビなどのマスコミ報道から4日後の2月10日(日曜日)、讃岐国府跡の発掘調査現場において現地説明会を開催しました。
当日の参加者は、なんと742名で、これまで香川県埋蔵文化財センターが行ってきた現地説明会ではダントツの参加者数を記録しました。取材に訪れた新聞・テレビ各社の数も過去最多となり、記録尽くめの説明会となりました。
2月9日の地元説明会の参加者178人と合わせると、なんと920人もの皆さんが2日間で讃岐国府跡に詰めかけたことになります。
駐車場のご案内から、現地までの道案内と安全管理、調査内容の説明、問い合わせの対応まで、大勢の職員を配置して備えましたが、予想をはるかに超えた記録的な数字の参加者に全員がおおわらわとなりました。
この数は讃岐国府に対する関心の深さと同時に、我々の探索事業に対する期待の大きさを示すものであります。このことをしっかり胸に刻んで、今後の讃岐国府の解明に向かって作業を継続して参りたいと思います。
これまで以上のご理解と応援をよろしくお願いいたします。

現地説明会1 現地説明会2

かつてないほど大勢の皆さんに参加していただいた讃岐国府跡の説明会の様子

(2013年02月10日)

地元説明会を開催

晴天に恵まれた2月9日(土曜日)の午後、坂出市府中町の地元の方々を対象とした讃岐国府跡の現地説明会を行いました。
讃岐国府の場所が特定されたことは、新聞やテレビなどの報道ですでに地元の方々のお耳に入っており、170名余りもの方が参加されました。
そのため、急遽説明回数を2回に増やして、出てきた建物跡や塀跡の詳細な解説はもとより、讃岐国府の特定にいたる経緯・経過、その意義などについて専門員が解説しました。
解説後は参加者から即座に質問が飛び交うなど、讃岐国府に対する地元の熱意・愛情が感じられました。
讃岐国府跡探索事業の実施・継続には、何よりも地元の方々のご理解・ご協力が大切です。それがなくては讃岐国府の解明を進めることはできません。
今後とも今まで以上の熱いご支援・ご協力を賜ることができますよう、我々も知り得た情報を皆様に還元することで、地元の方々とともに讃岐国府の全容解明に取り組んでまいりたいと思います。

地元説明会1

城山に見守られながらの説明会

地元説明会2

専門員も身振り手振りで熱く説明

地元説明会3

こんな参加者(参加犬?)もいました

地元説明会4

何とパラグライダーで空から見学???

(2013年02月09日)

ついに! そして記者発表!

すでに新聞やテレビにて報道されておりますが、念願の讃岐国府跡の中枢部の建物跡群や区画施設の塀跡などを検出し、これによって讃岐国府の位置が確定できました。
2月6日の記者発表に先立ち、発掘現場にはマスコミ各社の取材が殺到しました。各社の取材攻勢に対応するのは専門職員ばかりではありません。ミステリーハンター(ボランティア調査員)もテレビカメラの前に立ったり、新聞記者の質問に答えたりとおおわらわ。でも、この忙しさは、重要な大発見の裏返しです。テレビに向かって国府に対する熱い情熱を語ってくれました。

取材風景1

マスコミによる現場の取材風景

取材風景2

テレビに向かって熱く語るミステリーハンター

2月6日、所長による記者発表が行われ、当日午後のニュースでは各局による「讃岐国府の位置確定」が放送され、翌日の朝刊にも同様の見出しが躍りました。

今年度の発掘調査はまだ終わったわけではありません。写真撮影や図面などの記録の作成、出土した遺物の洗浄をはじめとする整理作業が残っています。専門職員やミステリーハンターは発掘調査を続けながら、現地説明会や、2月17日に坂出市民ふれあい会館で開催するイベント「シンポジウム 讃岐国の幕開け」の準備作業も同時並行で行う日々がまだまだ続きます。
(2013年02月07日)

新たな調査区

あけましておめでとうございます。今年も国府探索事業に皆様のご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。
さて、年も改まり好天に恵まれてはおりますが、寒さは一段と厳しくなる中、讃岐国府跡の発掘調査作業は進んでいます。
予定していた3箇所目の調査区について、重機での掘り下げを開始しました。

掘削機械

久しぶりに現場にやってきた重機

表土めくり

新たな調査区の表土をめくります

新たな調査区の位置は、12月に柱穴や平行する溝跡などの調査を行っていた東西方向に長い調査区の南側になります。ちょっと間を空けて、南北方向に長い調査区を設定し掘り下げを開始しました。これから本格的な遺構の検出作業を行っていきますが、すでにちょっと掘り下げただけでもたくさんの土器片が姿を現します。

新しい調査区

奥のシートが新しい調査区(背後はセンター)

土器片

新しい調査区で早速見つかった土器片

新しい調査区では果たして何が見つかるのか?発掘に当っている調査員はもちろん、寒さに負けずにがんばるボランティア調査員もワクワクしています。進む調査にご期待ください。

(2013年01月11日)

重なる柱穴

現在、讃岐国庁址碑の南西側で調査中のトレンチで見つかった柱穴や溝状遺構の掘り下げを行っています。この作業は、熟練の域に達してきたボランティア調査員の腕の見せ所です。

トレンチ

柱穴を半分ずつ掘り下げています

遺構掘り下げ

慎重に掘り下げるボランティア調査員

柱穴は柱の痕跡などを確認するために、半分だけ掘り下げて、断面を観察します。そんな柱穴の1つから次のようなことが分かってきました。

  1. 角の丸い正方形の穴を掘り、柱を中央に据えて周りを土で埋め固めて建物を建てる。
  2. 建物の建て替えに伴って柱を抜いた穴に20~30センチほどの石を詰め込んで固めている。(下写真左)

古い柱の痕跡とその後の詰め石の場所がほとんど同じであることから、建物は元あった場所で建て替えられたことが分かります。
古い建物の柱を建てる際には、柱がそれ以上沈まないように、柱穴の底に礎板と呼ばれる礎石と同じ役目を持った板を入れていた痕跡(下写真右)も見つかりました。とても丁寧に柱を建てていたことが分かります。重要な建物だったのでしょうか。

柱穴の断面図

柱穴の断面

礎板

柱穴底に残る礎板の痕跡

(2012年12月19日)

坂出市加茂町での探索事業報告会

12月15日、これまで進めてきた讃岐国府跡探索事業の中から、坂出市加茂町域の調査の成果を地元にお知らせすることを目的とした探索事業報告会を、加茂出張所で行いました。
加茂町では地形測量調査や地名の聞き取り調査などに加えて、讃岐国府が成立する直前にこの地を治めていた豪族の墓である穴薬師(綾織塚)古墳の測量調査も行い、様々な成果が挙がってきています。
寒風の吹く寒い1日でしたが、熱心な方々30名にご参加いただきました。地域の皆様のご協力なしでは探索事業は成り立ちません。この場をお借りして改めて感謝の意を表します。

(2012年12月17日)

発掘現場になぜ掃除機?

弥生時代の竪穴復元住居のある埋蔵文化財センターの中庭からは、現在調査が進行中の讃岐国府跡の発掘現場を見ることができます。寒風吹きすさぶ中、ボランティア調査員さんが作業をしているのもハッキリ分かります。

発掘現場風景1

開法寺池と五色台山塊に挟まれた部分

発掘現場風景2

青いシートの場所が発掘調査現場です

さて、そんな発掘現場には不似合いな掃除機があります。どうして土を掘る現場で掃除機?と首をかしげる方もいらっしゃるでしょうね。ところが、この掃除機、なかなかの優れモノなのです。土を掘っていたボランティア調査員の一人が、おもむろに立ち上がると、掃除機のスイッチをオン!うなりを上げる掃除機!ボランティア調査員は今まで掘っていた壁沿いの細い溝の中にホースの先端を突っ込んで、いきなり掘った土を吸い込み始めました。見る見るうちにキレイに掃除されていく細い溝。そうです、土をすくう小道具が入らないような隙間などの土を取り出すのに、掃除機が大活躍するのです。ほかにも、柱穴の底に落ちた土や風で飛んできた稲藁などをさっと掃除するのにも最適です。
常識にとらわれず、柔軟な発想で現場作業を快適に進めていく調査員のアイデアには脱帽です。

掃除機1

現場に不似合いな掃除機ですが……

掃除機2

ボランティア調査員がスイッチオン!

掃除機3

細い隙間もバッチリきれいになりました

(2012年12月17日)

香川県埋蔵文化財センター職員による検討会

讃岐国庁址碑の南西側で調査中のトレンチでは、古代に遡る方形をした柱穴の並びや、同じ方向で平行している2条の大きな溝状遺構などを検出しています。それらの遺構はまだほんの一部しか掘り下げていませんが、調査担当者が現在想定される考えを発表し、それを香川県埋蔵文化財センター職員が検討する現地での検討会を行いました。
柱穴の並びから想定される建物の方向や、2条の平行する溝状遺構が意味するものなどについて、様々な意見が現地にて飛び交う検討会となりました。
このように検討会を繰り返しながら、調査は進んでいます。

柱穴

方形の柱穴が並ぶ様子

溝状遺構

2条の平行する溝状遺構

検討会1

現地での検討会の様子(背後は城山)

検討会2

様々な意見が出されました

(2012年11月30日)

発掘調査開始から約2週間が経ちました

讃岐国庁址碑の西側と南西側に2本の調査トレンチを掘っています。どちらの調査区も現在の稲作に関係する土層(耕作土と床土)をめくると、幅の広い直線や、円形や角の丸い正方形をした色の違う土の堆積が見えてきました。これらは溝や柱穴の可能性があります。特に角の丸い正方形は、昨年度に確認した大形建物跡の柱穴と似た形をしており、この建物跡との関係がうかがえます。
土器類などの遺物では、昨年度と同様にたくさんの瓦が見つかるという特徴があります。また、須恵器(すえき)や土師器(はじき)といった土器の中には、墨で字を書いた痕跡の残る墨書土器(ぼくしょどき)も含まれています。国庁の存在を示したような文字の確認が期待されます。

西側の調査区

国庁址碑(右端)と西側の調査区

西側の調査区全景

西側調査区の全景

南西側の調査区

城山・鼓岡神社と南西側の調査区

瓦の出土

瓦が出てきた様子

(2012年11月20日)

讃岐国府跡の発掘調査がはじまりました

11月5日(月曜日)から発掘調査を開始しました。昨年に引き続いて、開法寺と讃岐国庁址碑の間の箇所で行っています。基本的に火~土曜日が作業日となっています。詳しい場所は、埋蔵文化財センターにお問合せいただき、気軽に見学に来てください。

重機搬入

写真1 いよいよ現場に重機がやってきた

発掘調査開始

写真2 センターから調査資材を運び出す

進入道を作る 写真3 重機を使って進入道を作る

(2012年11月6日)

「まちあるき」を行いました

11月4日(日曜日)に、讃岐国府跡を見下ろす城山城(きやまじょう)で、「まちあるき」を行いました。参加者は13名で、ガイド役は讃岐国府跡探索事業のボランティアの皆さんにお願いしました。参加者の方々は、約1300年前の古代山城の大きさや構造について興味深く説明を聞かれていました。

まちあるき1 まちあるき2

まちあるき3 写真 まちあるきの様子

(2012年11月6日)

穴薬師古墳(綾織塚)の測量調査の終了

9月中旬から行ってきた坂出市加茂町にある穴薬師(あなやくし)古墳(綾織塚 あやおりづか)の測量調査が終わりました。測量調査の成果は、今年度に刊行する調査概報等に掲載し、公表して行く予定です。

穴薬師古墳

写真1 穴薬師古墳(綾織塚)石室の全景

墳丘実測図 図2 墳丘実測図(大きいサイズはこちらから(JPG:834KB)

(2012年11月6日)

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