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公開日:2020年12月10日

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讃岐国府跡 調査現場から 28

香川県埋蔵文化財センター

興味深い遺物が出土しました 第6弾

不思議な形の石が出てきました。
石の種類は白色凝灰岩と呼ばれる加工に適した比較的柔らかな材質です(讃岐産の石材です)。
凝灰岩は古墳時代には石棺、中世以降は五輪塔などの石造物の素材として利用されてきました。
出土品は破片のため、全体像は分かりませんが、2面に加工の痕跡がみられます。
片面には屋根型に平滑な面があり(写真1)、もう一方の面には石材を刳り込んでホームベース形の立法体を作り出しています(写真2)。
加工した凝灰岩は讃岐国府跡の範囲の南側エリア、なかでも開法寺跡の東側一帯を中心に分布し、これまで出土数は数十点を数えます。
全体像や性格など謎が多い遺物ですが、讃岐国府を特徴づける興味深い遺物です。(12月27日)

一方の面

写真1 一方の面 平滑な2面が屋根型を形成

もう一方の面

写真2 もう一方の面 深い刳り込みによる凹凸

断面
写真3 断面

興味深い遺物が出土しました 第5弾

変わった形の土器片が出土しました(写真1)。破片の大きさは10cm弱の小さなものです。
取り上げてみても、一瞬何か分かりません・・・???(写真2)
色々と考えた結果、ミニチュアカマドの一部と判断しました。
写真3は雄山古墳群出土のミニチュアカマドですが、出土資料は丸囲いの部位に該当します。
小さなカマドは実用品ではないため、祭祀具と考えられています。
本県での出土は讃岐国府跡と雄山古墳群に限られ、全国的にも都城やその周辺などでしか確認されていません。
小さな破片ですが、中央との繋がりを示す、さすが国府!!!といえる一品です。
なお、雄山古墳群の出土資料は古墳とは直接関係しない中世初頭(12世紀)に属し、カマドと羽釜が一体化するなど、特異な資料です。その評価は難しいですが、「国津」に面した立地は讃岐国府との係わりを示すかもしれません。
(12月19日)

出土状況

写真1 出土状況 手ガリの刃先に注目!!

取り上げ後

写真2 取り上げ後の写真 上下ともに直線的な面(端部)があり、真中には覆い(鍔)が付きます。

かまど

写真3 ミニチュアカマドの類例 雄山古墳群出土(坂出市高屋町)
カマドと羽釜が一体化した構造

興味深い遺物が出土しました 第4弾

写真1は塼(せん)と呼ばれる遺物の出土状況です。
区画施設となる2条の平行する溝と考えられる場所から出土しました。
塼とは立方体や正方体の平たい板で、粘土を焼成したレンガの様なものです。
日本では寺院や官衙(かんが)(役所)の基壇の部材として用いられることが多く、一般的な集落から出土することは極めて稀です。
これまで讃岐国府跡からは十数点の塼が出土しており、新たに1点加わったことになります。
塼の出土は讃岐国府跡のなかでも開法寺跡の東側一帯に集中しています。
新たな発見による出土数の増加は付近に塼積みの基壇があった可能性を支持するものと期待できます。(12月12日)

磚の出土状況

写真1 塼(せん)の出土状況

磚の表面

写真2 塼(せん)の表面 3つの平滑な面があり、方柱状に復元可能

新たな調査区の調査に着手しました。

調査の主目的は、過去の調査で一部のみを確認した建物跡の全貌把握です。
過去の調査区を取り込むように新たな調査区を設定しました(調査面積:約430平方メートル)。
砂と花崗土で埋めた過去の調査区を再発掘しながら、新たな調査区を掘り下げました。
再発掘した柱穴とは数年ぶりの再会となります♪
どのような規模や構造の建物に復元できるか、今から楽しみです。(12月5日)

調査区全景1

新たな調査区の全景

調査区全景2

調査状況 L字形に窪んだ箇所が過去の調査区

柱穴から土器が重なり合って出土しました!

柱穴の掘り下げを行っていると、底から土器が重なり合って出てきました。
坏(つき)と呼ばれる器を2枚重ね、さらにその上に小皿を載せています。
出土した遺物は12~13世紀頃に製作されたものです。
当初は建物を建てる際に「地鎮」の目的で土器を埋納した可能性を想定しましたが、調査を進めると、柱を抜き取った後に土器を入れていることが分かりました。
つまり、この土器は建物が機能を停止した直後に埋納したことになります。
建物廃絶後の祭祀と考えられますが、果たして何を祈願したのでしょうか。(11月30日)

柱穴から土器が出土

外側の丸は柱穴の輪郭
内側の丸は柱が建っていた箇所

土器の出土状況

壁の2本の線は柱を抜き取った痕跡

ミステリーハンター現地研修

11月22日、現地研修で岡山県岡山市・赤磐市(あかいわし)を訪れました。
まず、岡山市にあるノートルダム清心女子大学で、文学部准教授木下華子先生に「菅家文草(かんけぶんそう)」について解説をしていただきました。「菅家文草」は菅原道真の漢詩集で、讃岐国司として赴任したときに詠んだ詩が含まれており、讃岐国府を考えるうえで非常に重要な漢詩集です。この中でも讃岐を舞台として詠んだ2つの漢詩を取り上げました。
午後からは、備前国庁跡を見学し、古代山城の大廻小廻山城跡(おおめぐりこめぐりやまじろあと)、赤磐市の山陽郷土資料館・両宮山(りょうぐうざん)古墳・備前国分寺跡を見学しました。現地を訪れることにより、これらの位置関係や地理的環境がよくわかりました。
木下先生をはじめ、ご案内をしてくださった岡山市埋蔵文化財センター・山陽郷土資料館の方々ありがとうございました。(11月29日)

研修風景1

備前国庁跡 現地には国長宮(こくちょうぐう)という神社がありました。この付近の地名は岡山市中区国府市場です。

研修風景2

岡山市埋蔵文化財センター職員に大廻小廻山城跡を案内していただきました。写真の後方が山城のある大廻山・小廻山です。

研修風景3

谷筋の小道を10分ほど歩きました。

研修風景4

一の木戸と呼ばれる水門跡に到着しました。写真左はしが水門跡です。

研修風景5

水門跡の説明板の前で記念写真を撮りました。

研修風景6

赤磐市山陽郷土資料館職員に両宮山古墳と備前国分寺跡を案内していただきました。写真右方は両宮山古墳の墳丘と周壕です。

研修風景7

備前国分寺塔跡 塔の心礎の上には中世に建造された石塔が立っていました。

研修風景8

ミステリーハンターたちは熱心に見学しました

興味深い遺物が出土しました 第3弾

変わった形の須恵器が出てきました(写真1)。
壷の底かな!?と思いながら取り上げると、須恵器の円面硯(えんめんけん)の破片であることが分かりました。
中央の平たい部分は墨を摺る所で陸(おか)といい、陸の周りの窪んだ部分は海といい、墨が溜まる場所となります(写真2)。
出土した硯は破片ですが、完形であれば、上から見ると円形であるため、円面硯と呼ばれます。
香川県下では16の集落跡、11の須恵器窯跡から、計60点ほどの円面硯が出土しています。
そのうち、讃岐国府跡が10点近くを占め、1遺跡からの出土数では県下最大数を誇ります。
さすが、讃岐国府跡!!!と実感する出土遺物です。(11月22日)

出土状況

写真1

円面硯

写真2

興味深い遺物が出土しました 第2弾

須恵器写真は現在調査中の調査区から出土した須恵器です。
一見すると、ただの須恵器片ですが、よく見ると内面に赤色顔料が付着しています。
詳細な分析は行えていませんが、朱の可能性が高いと考えています。
内面に朱が付着した古代(飛鳥~平安時代)の土器は香川県下では讃岐国府跡以外の出土例はなく、朱は限られた場所でのみ使用された特殊品でした。
古代の朱は、絵画などの画材や工芸品を彩る顔料として用いられることが多いとされています。
一方、正倉院文書に押印された各国の国印や「朱筆」としての訂正や補注にも赤い顔料が使われますが、その成分は朱ではなくベンガラです(土に含まれる酸化鉄を原材料とした顔料)。
果たしてこの朱は何に使われたのでしょうか。夢が膨らみます。(平成28年11月18日)

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